・・・そうしてほとんど走るように、市街自動車や電車が通る大通りの方へ歩いて行った。 大通りは彼の店の前から、半町も行かない所にあった。そこの角にある店蔵が、半分は小さな郵便局に、半分は唐物屋になっている。――その唐物屋の飾り窓には、麦藁帽や籐・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・の繁華な市街へ、馬車を駆りたいとさえ思っていた。そこで私は頭を下げながら、喜んで「どうぞ」と相手を促した。「じゃあすこへ行きましょう。」 子爵の言につれて我々は、陳列室のまん中に据えてあるベンチへ行って、一しょに腰を下ろした。室内に・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・それは吹雪も吹雪、北海道ですら、滅多にはないひどい吹雪の日だった。市街を離れた川沿いの一つ家はけし飛ぶ程揺れ動いて、窓硝子に吹きつけられた粉雪は、さらぬだに綿雲に閉じられた陽の光を二重に遮って、夜の暗さがいつまでも部屋から退かなかった。電燈・・・ 有島武郎 「小さき者へ」
・・・あの必要以上に大規模と見える市街市街の設計でも一斑を知ることか出来るが、米国風の大農具を用いて片っ端からあの未開の土地を開いて行こうとした跡は、私の学生時分にさえ所在に窺い知ることが出来た。例えば大木の根を一気に抜き取る蒸気抜根機が、その成・・・ 有島武郎 「北海道に就いての印象」
・・・かつ他日この悪道路が改善せられて市街が整頓するとともに、他の不必要な整頓――階級とか習慣とかいう死法則まで整頓するのかと思えば、予は一年に十足二十足の下駄をよけいに買わねばならぬとしても、未来永劫小樽の道路が日本一であってもらいたい。 ・・・ 石川啄木 「初めて見たる小樽」
・・・ 同時に、雨がまた迫るように、窓の黒さが風に動いて、装り上ったように見透かさるる市街に、暮早き電燈の影があかく立って、銅の鍋は一つ一つ、稲妻に似てぴかぴかと光った。 足許も定まらない。土間の皺が裂けるかと思う時、ひいても離れなかった・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・中でも裏山の峰に近い、この寺の墓場の丘の頂に、一樹、榎の大木が聳えて、その梢に掛ける高燈籠が、市街の広場、辻、小路。池、沼のほとり、大川縁。一里西に遠い荒海の上からも、望めば、仰げば、佇めば、みな空に、面影に立って見えるので、名に呼んで知ら・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・ 曾て、市街公園の名称にて、新聞に報ぜられたと記憶するが、なんでも、ある一定の時間内だけ、その区域間の自動車、自転車の通行を禁じて、全く、児童等のために解放して、小さき者達の遊園とする、計画であったと思う。あの話は、その後何うなったので・・・ 小川未明 「児童の解放擁護」
・・・ 田園、平野、市街、市場、劇場。船着場や海。そう言った広大な、人や車馬や船や生物でちりばめられた光景が、どうかしてこの暗黒のなかへ現われてくれるといい。そしてそれが今にも見えて来そうだった。耳にもその騒音が伝わって来るように思えた。・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・ 夜はいよいよふけ月はますますさえ、市街の物音もやや静まりぬ。二郎は欄に倚りわれは帆綱に腰かけしまま深き思いに沈みしばしは言葉なかりき。なんじはまことに幸いなる報酬を得たりと思うや二郎、とわれは二郎の顔を仰ぎて問いぬ。 二郎は目を細・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
出典:青空文庫