・・・君も無理はない、市街までがっかりしているようにも見える。三十七年から八年の中ごろまでは、通りがかりの赤の他人にさえ言葉をかけてみたいようであったのが、今ではまたもとの赤の他人どうしの往来になってしまった。 そこで自分は戦争でなく、ほかに・・・ 国木田独歩 「号外」
一 ブラゴウエシチェンスクと黒河を距てる黒竜江は、海ばかり眺めて、育った日本人には馬関と門司の間の海峡を見るような感じがした。二ツの市街が岸のはなで睨み合って対峙している。 河は、海峡よりはもっと広いひ・・・ 黒島伝治 「国境」
一 市街の南端の崖の下に、黒龍江が遥かに凍結していた。 馬に曳かれた橇が、遠くから河の上を軽く辷って来る。 兵営から病院へ、凍った丘の道を栗本は辷らないように用心しい/\登ってきた。負傷した同年兵・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・桃内を過ぐる頃、馬上にて、 きていたるものまで脱いで売りはてぬ いで試みむはだか道中 小樽に名高きキトに宿りて、夜涼に乗じ市街を散歩するに、七夕祭とやらにて人々おのおの自己が故郷の風に従い、さまざまの形なし・・・ 幸田露伴 「突貫紀行」
・・・貧しい母を養おうとして、僅かな銭取のために毎日二里ほどずつも東京の市街の中を歩いて通ったこともある足だ。兄や叔父の入った未決檻の方へもよく引擦って行った足だ。歩いて歩いて、終にはどうにもこうにも前へ出なく成って了った足だ。日の映った寝床の上・・・ 島崎藤村 「足袋」
・・・日比谷へ行くことは原にとって始めてであるばかりでなく、電車の窓から見える市街の光景は総て驚くべき事実を語るかのように思われた。道路も変った。家の構造も変った。店の飾り付も変った。そこここに高く聳ゆる宏大な建築物は、壮麗で、斬新で、燻んだ従来・・・ 島崎藤村 「並木」
・・・ 東京の市街だけでも、二里四方の面積にわたって四十一万の家々が灰になり、死者七万四千、ゆくえ不明二十一万、焼け出された人口が百四十万、損害八億一千五百万円に上っています。横浜、小田原なぞはほとんど全部があとかたもなく焼けほろびてしまいま・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・の画面への推移のリズムによって始めてそこに動的な効果を生じる。しかし映画の場合でもたとえばドブジェンコの「大地」などはほとんど静的な画面のモンタージュが多い。有名な「ポチョムキン」の市街砲撃の場面で、石のライオンが立ち上がって哮吼するのでも・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・いちばん初めに高所から見たパリの市街が現われ前景から一羽のからすが飛び出す。次に墓場が出る。墓穴のそばに突きさした鋤の柄にからすが止まると墓掘りが憎さげにそれを追う。そこへ僧侶に連れられてたった三人のさびしい葬式の一行が来る。このところにあ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・見はらしのきく頂上へきて、岩の上にひざを抱いてすわると、熊本市街が一とめにみえる。田圃と山にかこまれて、樹木の多い熊本市は、ほこりをあびてうすよごれてみえた。裁判所の赤煉瓦も、避雷針のある県庁や、学校のいらかも、にぶく光っている坪井川の流れ・・・ 徳永直 「白い道」
出典:青空文庫