・・・どうか何事にも理解の届いた、趣味の広い女に仕立ててやりたい、――そういう希望を持っていたのです。それだけに今度はがっかりしました。何も男を拵えるのなら、浪花節語りには限らないものを。あんなに芸事には身を入れていても、根性の卑しさは直らないか・・・ 芥川竜之介 「一夕話」
・・・それは彼が小作人の一人一人を招いて、その口から監督に対する訴訟と、農場の規約に関する希望とを聞き取っておく役廻りで、昨夜寝る時に父が彼に命令した仕事だった。小作人が次々に事務所をさして集まって来るのもそのためだったのだ。 事務所に薄ぼん・・・ 有島武郎 「親子」
・・・その声はさも希望のなさそうな、単調な声であった。その声を聞くものは、譬えば闇の夜が吐く溜息を聞くかと思った。その声を聞けば、何となく暖かい家が慕わしくなる。愛想のある女の胸が慕わしくなる。犬は吠え続けた。・・・ 著:アンドレーエフレオニード・ニコラーエヴィチ 訳:森鴎外 「犬」
・・・これ我々自身の希望、もしくは便宜によるか、父兄の希望、便宜によるか、あるいはまた両者のともに意識せざる他の原因によるかはべつとして、ともかくも以上の状態は事実である。国家ちょう問題が我々の脳裡に入ってくるのは、ただそれが我々の個人的利害に関・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・天、嫌な者が自分の思いで死んでしまった後は、それこそ自由自在の身じゃでの、仕たい三昧、一人で勝手に栄耀をして、世を愉快く送ろうとか、好な芳之助と好いことをしようとか、怪しからんことを思うている、つまり希望というものがお前にあるのだ。 人・・・ 泉鏡花 「化銀杏」
・・・ 去年母の三年忌で、石塔を立て、父の名も朱字に彫りつけた、それも父の希望であって、どうせ立てるならばおれの生きてるうちにとのことであったが、いよいよでき上がって供養をしたときに、杖を力に腰をのばして石塔に向かった父はいかにも元気がなく影・・・ 伊藤左千夫 「紅黄録」
・・・が、万一自分が鴎外に先んじたらこの一場の約束の実現を遺言するはずだったが、鴎外が死んでしまったのでその希望も空しくなった。これは数年前、故和田雲邨翁が新収稀覯書の展覧を兼ねて少数知人を招宴した時の食卓での対談であった。これが鴎外と款語した最・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・失望の世の中にあらずして、希望の世の中であることを信ずることである。この世の中は悲嘆の世の中でなくして、歓喜の世の中であるという考えをわれわれの生涯に実行して、その生涯を世の中への贈物としてこの世を去るということであります。その遺物は誰にも・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・わたくしも立会人を連れて参りませんから、あなたもお連にならないように希望いたします。ついでながら申しますが、この事件について、前以て問題の男に打明ける必要はないと信じます。その男にはわたくしが好い加減な事を申して、今明日の間遠方に参っていさ・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・みんなの希望まで、自分の生命の中に宿して、大空に高く枝を拡げて、幾万となく群がった葉の一つ一つに日光を浴びなければならないと思いましたが、それはまだ遠いことでありました。 最初、この木の芽の生えたのを見つけたものは、空を渡る雲でありまし・・・ 小川未明 「明るき世界へ」
出典:青空文庫