・・・お前が出したものは出したと云って、あやまりさえすればすぐ帰すって、警視庁の人が云っているんじゃないか!」 顔は熱いまんま、腹の底から顫えが起って来た。「そんなことを云いに来たの?」「そんな恐ろしい顔をして……マァ考えて御覧……」・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・というお座なりで帰す訳には行かない気がするのであった。 夜は段々と更けて来た。どこかで十時を打った。あたりは静かなので雨戸の外から聞えるその時計の音が、明るい室内のゆとりない空気を一層強く意識させた。その時まで暫く黙ってぼんやり考え・・・ 宮本百合子 「沈丁花」
・・・「帰す帰すって云ってとめておこうかしらん。」 こんな事さえ思った。 それでもまさかそんな事も出来ないから遠縁の親類へいつもの注文通り、 二十二三の少しは教育のあるみっともなくないのをたのんでやった。 も一方先に頼んだ・・・ 宮本百合子 「蛋白石」
・・・ ちょくちょく新聞に出るよその偉いお嬢さんや奥さんの様に、お茶を出しお菓子を出したあげく、御説法をして、お金をちょんびりやって帰す様な事が出来でもしたら、それこそ剛儀なものだ。 けれ共、うっかり私がそんな真似でも仕様ものなら、お茶碗・・・ 宮本百合子 「盗難」
・・・とうとう宇平と文吉とで勧めて、九郎右衛門を一旦姫路へ帰すことにした。九郎右衛門は渋りながら下関から舟に乗って、十二月十二日の朝播磨国室津に着いた。そしてその日のうちに姫路の城下平の町の稲田屋に這入った。本意を遂げるまでは、飽くまでも旅中の心・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・母がいつ来ても、同じような繰り言を聞かせて帰すのである。 厄難に会った初めには、女房はただ茫然と目をみはっていて、食事も子供のために、器械的に世話をするだけで、自分はほとんど何も食わずに、しきりに咽がかわくと言っては、湯を少しずつ飲んで・・・ 森鴎外 「最後の一句」
出典:青空文庫