・・・それで順番に各自が宛がわれた章を講ずる、間違って居ると他のものが突込む、論争をする、先生が判断する、間違って居た方は黒玉を帳面に記されるという訳なのです。ですから、「彼奴高慢な顔をして、出来も仕無い癖にエラがって居る、一つ苦しめて遣れ」とい・・・ 幸田露伴 「学生時代」
・・・ 持ちものをすッかり調らべられてから、係が厚い帳面を持ってきて、刑務所で預かる所持金の受取りをさせられた。捕かまる時、オレは交通費として現金を十円ほど持っていた。俺たちのように運動をしているものは、命と同じように「交通費」を大切にしてい・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・ょんなことから俊雄冬吉は離れられぬ縁の糸巻き来るは呼ぶはの逢瀬繁く姉じゃ弟じゃの戯ぶれが、異なものと土地に名を唄われわれより男は年下なれば色にはままになるが冬吉は面白く今夜はわたしが奢りますると銭金を帳面のほかなる隠れ遊び、出が道明ゆえ厭か・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・坊さんは帳面へ、そのまま「ウイリイ」とかきつけました。お百姓の夫婦は、いい名前をつけてもらったと言ってよろこんで、じいさんを家へつれて帰って、出来るだけの御ちそうをこしらえて、名づけのお祝いをしました。 じいさんは別れるときに、ポケット・・・ 鈴木三重吉 「黄金鳥」
・・・学校の綴方のお時間にも、私は、一字も一行も書かず綴方のお帳面に、まるだの三角だの、あねさまの顔だのを書いていました。沢田先生は、私を教員室にお呼びになって、慢心してはいけない、自重せよ、と言ってお叱りになりました。私は、くやしく思いました。・・・ 太宰治 「千代女」
・・・何だか聞きとれない言葉が出て来たので帳面を見せてもらうと‘fitots’‘stats’と書いてある。「一つ」「二つ」という数のつもりであった。私は昔の日本の蘭学者のエレキテルなどというような言葉を思い出して覚えず微笑せずにはいられなかった。・・・ 寺田寅彦 「異郷」
・・・ 徴兵検査のときに係りの軍医が数えて帳面に記入したむし歯の数が自分のあらかじめ数えて行った数よりずっと多かったのでびっくりした。それが徴兵検査であっただけにそのびっくりはかなり複雑な感情の笹縁をつけたびっくりであったのである。 とう・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・その間に我が親愛なる税関吏は止みなくチューインガムをニチャニチャ噛みながら品物を丹念に引出し引っくら返しては帳面に記入するのであった。アメリカ人にしても特別に長い方に属するかと思われるこの税関吏の顔は、チューインガムを歯と歯の間に引延ばすア・・・ 寺田寅彦 「チューインガム」
・・・子供もなく夫婦二人きり全くの水入らずでほんとうに小ぢんまりとした、そうして几帳面な生活をしている」といったような意味のことであったと思う。同じようなことを一度ならず何度も聞かされたように思う。 この、きちんとして、小ぢんまりしているとい・・・ 寺田寅彦 「俳諧瑣談」
・・・ 根岸派の新俳句が流行し始めたのは丁度その時分の事で、わたくしは『日本』新聞に連載せられた子規の『俳諧大要』の切抜を帳面に張り込み、幾度となくこれを読み返して俳句を学んだ。 漢詩の作法は最初父に就いて学んだ。それから父の手紙を持って・・・ 永井荷風 「十六、七のころ」
出典:青空文庫