・・・これはつめ処によって平たい嚢と長い嚢と各必要がある。それで貌の処だけは幾らか斟酌して隙を多く拵えるにした所で、兎に角頭も動かぬようにつめてしまう。つまり死体は土に葬むらるる前に先ずおが屑の嚢の中に葬むらるるのである。十四五年前の事であるが、・・・ 正岡子規 「死後」
・・・頭が平たい。焼いた枕木でこさえた小さな家がある。熊笹が茂っている。植民地だ。 *いま小樽の公園に居る。高等商業の標本室も見てきた。馬鈴薯からできるもの百五、六十種の標本が面白かった。この公園も丘になっている。白・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・ペネタ形というのは、蛙どもでは大へん高尚なものになっています。平たいことなのです。雲の峰はだんだん崩れてあたりはよほどうすくらくなりました。「この頃、ヘロンの方ではゴム靴がはやるね。」ヘロンというのは蛙語です。人間ということです。「・・・ 宮沢賢治 「蛙のゴム靴」
・・・ジョバンニはその人の卓子の足もとから一つの小さな平たい函をとりだして向うの電燈のたくさんついた、たてかけてある壁の隅の所へしゃがみ込むと小さなピンセットでまるで粟粒ぐらいの活字を次から次と拾いはじめました。青い胸あてをした人がジョバンニのう・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・ハムマアの尖った方ではだめだ。平たい方は……。水がぴちゃぴちゃはねる。そっちの方のものが逃げる、ふん。〔水がはねますか。やっぱりこっちでやるかな。〕白く岩に傷がついた。二所ついた。とれる。とれた。うまい。新鮮だ。青白い。・・・ 宮沢賢治 「台川」
・・・慶次郎はもう水の中から円い平たい石を一つ拾っていました。そして力一ぱいさっきの楊の木に投げつけました。石はその半分も行きませんでしたが、百舌はにわかにがあっと鳴って、まるで音譜をばらまきにしたように飛びあがりました。 そしてすぐとなりの・・・ 宮沢賢治 「鳥をとるやなぎ」
・・・ 面喰い、猶も同じ疑問に拘泥して居る間に、彼は、薄平たい風呂敷包みを持って立ち上った。そして、片手の指には、火のつき煙の立つ煙草を挟んだまま、両足を開いて立ち、「失礼しました。左様なら」と云う。私も立って「左様なら」と云・・・ 宮本百合子 「或日」
私が女学校を出た年の秋ごろであったと思う。父が私に一つ時計を買ってくれた。生れてはじめての時計であった。ウォルサムの銀の片側でその時分腕時計というのはなかったから円くて平たい小型の懐中時計である。私は、それに黒いリボンをつ・・・ 宮本百合子 「時計」
・・・傍に、拡げたままの新聞を片手に、瘠せ、ひどく平たい顱頂に毛髪を礼儀正しく梳きつけた背広の男が佇んでいる。彼は、自分の玄関に止った二台の車を、あわてさわがず眺めていたが、荷物が下り、つづいて私が足を下すと、始めて、徐ろに挨拶した。「いらっ・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
・・・これらの女はみな男よりも小股で早足に歩む、その凋れたまっすぐな体躯を薄い小さなショールで飾ってその平たい胸の上でこれをピンで留めている。みんなその頭を固く白い布で巻いて髪を引き緊めて、その上に帽子を置いている。 がたがた馬車が、跳ね返る・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
出典:青空文庫