・・・そこで右の頬をふくらせたら、平均がとれるだろうと思って、そっちへ舌をやって見たが、やっぱり顔は左の方へゆがんでいる。少くとも今日一日、こんな顔をしているのかと思ったら、甚不平な気がして来た。 ところが飯を食って、本郷の歯医者へ行ったら、・・・ 芥川竜之介 「田端日記」
・・・まず平均一段歩二十円前後のものでしょうか」 矢部は父のあまりの素朴さにユウモアでも感じたような態度で、にこやかな顔を見せながら、「そりゃ……しかしそれじゃ全く開墾費の金利にも廻りませんからなあ」 と言ったが、父は一気にせきこんで・・・ 有島武郎 「親子」
・・・私はさっそくやってみましたが、何しろはじめは夢中になるくせにすぐへたばってしまう性質ですから、力を平均に使うということを知りません。だから最初の二三時間はひどく能率を上げても、あとがからきしだめで、ほかの人夫が一日七十銭にも八十銭にもなるの・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・『世は逆さまになりかけた』と祖父様大笑いいたされ候も無理ならぬ事にござ候 先日貞夫少々風邪の気ありし時、母上目を丸くし『小児が六歳までの間に死にます数は実におびただしいものでワッペウ氏の表には平均百人の中十五人三分と記してござります・・・ 国木田独歩 「初孫」
・・・ 思いもよらない収入のある話と私が言ったのは、この大量生産の結果で、各著作者の所得をなるべく平均にするために、一割二分の約束の印税の中から社預かりの分を差し引いても、およそ二万円あまりの金が私の手にはいるはずであった。細い筆を力に四人の・・・ 島崎藤村 「分配」
・・・、十分くらいの時間があれば、たいてい読み切れるような、そうして、読後十分くらいで、きれいさっぱり忘れられてしまうような、たいへんあっさりした短篇小説、二つ、三つ、書かせていただき、年収、六十円、ひと月平均いくらになりましょうか、お待ち下さい・・・ 太宰治 「喝采」
・・・負傷前は五六時間睡眠平均、または時に徹夜で読書、著述、また会社で小品みたいなものは書いたりしましたが、これからはイヤです。太宰さん、ぼくは東京に帰って、文学青年の生活をしてみたいのです。会社員生活をしているから社会がみえたり、心境が広くなる・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・時からめんどう見てやっていたのだそうで、もちろん先方には財産などある筈はなく、三十五歳、少し腕のよい図案工であって、月収は二百円もそれ以上もはいる月があるそうですが、また、なんにもはいらぬ月もあって、平均して、七、八十円。それに向うは、初婚・・・ 太宰治 「皮膚と心」
・・・マツ子から五枚の原稿用紙を受けとり、一枚に平均、三十箇くらいずつの誤字や仮名ちがいを、腹を立てずに、ていねいに直して行きながら、私は、たった五枚か、とげっそりしていた。むかし、江戸番町にお皿の数をかぞえるお菊という幽霊があった。なんどかぞえ・・・ 太宰治 「めくら草紙」
・・・一体学級の出来栄えには自ずから一定の平均値があってその上下に若干の出入りがある。その平均が得られれば、それでかなり結構な訳である。しかしもしある学級の進歩が平均以下であるという場合には、悪い学年だというより、むしろ先生が悪いと云った方がいい・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
出典:青空文庫