・・・ 梯子の下に立った洋一は、神山と一しょに電話帳を見ながら、彼や叔母とは没交渉な、平日と変らない店の空気に、軽い反感のようなものを感じない訳には行かなかった。 三 午過ぎになってから、洋一が何気なく茶の間へ来・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・その好い人が町を離れて此処で清い空気を吸って、緑色な草木を見て、平日よりも好い人になって居るのだ。初の内は子供を驚かした犬を逐い出してしまおうという人もあり、中には拳銃で打ち殺そうなどという人もあった。その内に段々夜吠える声に聞き馴れて、し・・・ 著:アンドレーエフレオニード・ニコラーエヴィチ 訳:森鴎外 「犬」
・・・ 一体三味線屋で、家業柄出入るものにつけても、両親は派手好なり、殊に贔屓俳優の橘之助の死んだことを聞いてから、始終くよくよして、しばらく煩ってまでいたのが、その日は誕生日で、気分も平日になく好いというので、髪も結って一枚着換えて出たので・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・うちへ帰って早速母に詫びたけれど母は平日の事が胸にあるから、「何も十枚ばかりの蓆が惜しいではないけれど、一体私の言いつけを疎かに聞いているから起ったことだ。もとの民子はそうでなかった。得手勝手な考えごとなどしているから、人の言うことも耳・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・更ければ更けるほど益々身が入って、今ではその咄の大部分を忘れてしまったが、平日の冷やかな科学的批判とは全く違ったシンミリした人情の機微に入った話をした。二時となり三時となっても話は綿々として尽きないで、余り遅くなるからと臥床に横になって、蒲・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・よって平日この心にて修行すべきなり」とかまた「水ぎわまでの間にて敵を仕留めよ。陸地にてはいつも敵になげられよ。大地にわが体の落ち着くまでに敵を仕留むるの覚悟をせよ」とかいう文句がある。空中殺人法を説いたものである。現代では競技会でメダルやカ・・・ 寺田寅彦 「空想日録」
・・・ある地方の倹約な商家では平日雇人のみならず主人達も粗食をしていて、時々「贅沢デー」を設けて御馳走を食ったという話もある。もっともこれは全く算盤から割り出した方法だそうではあるが。「無礼講」という言葉が残っており、西洋でも「エプリルフール・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・また平日一般の日本国民は京都市の晴雨に対しては冷淡なるも、御大典当時は必ずしも然らざるべし。 数学的の言葉を借りて云えば、各個人、市民、あるいは国民がある現象に対して利害を感ずる範囲は時間と空間とより組成されたる四元空間中において、ある・・・ 寺田寅彦 「自然現象の予報」
・・・のみならず平日ならそれほどにも感じないような些細なめでたからぬことが、正月であるがために特にふめでたに感ぜられる。これはおそらくだれでも同様に感じることであろう。たとえば小さい子供がおおぜいあるような家ではちょうど大晦日や元日などによくだれ・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・それで、時々の余震はあっても、その余は平日と何も変ったことがないような気がして、ついさきに東京中が火になるだろうと考えたことなどは綺麗に忘れていたのであった。 そのうちに助手の西田君が来て大学の医化学教室が火事だが理学部は無事だという。・・・ 寺田寅彦 「震災日記より」
出典:青空文庫