・・・連日の雨で薄濁りの水は地平線に平行している。ただ静かに滑らかで、人ひとり殺した恐ろしい水とも見えない。幼い彼は命取らるる水とも知らず、地平と等しい水ゆえ深いとも知らずに、はいる瞬間までも笑ましき顔、愛くるしい眼に、疑いも恐れもなかったろう。・・・ 伊藤左千夫 「奈々子」
・・・それは月光が平行光線であるため、砂に写った影が、自分の形と等しいということがあるが、しかしそんなことはわかり切った話だ。その影も短いのがいい。一尺二尺くらいのがいいと思う。そして静止している方が精神が統一されていいが、影は少し揺れ動く方がい・・・ 梶井基次郎 「Kの昇天」
・・・橇は雪の上に二筋の平行した滑桁のあとを残しつつ風のように進んだ。イワンのあとに他の二台がつづいていた。それにも将校が乗っている。土地が凹んだところへ行くと、橇はコトンと落ちこんだ。そしてすぐ馬によって平地へ引き上げられた。一つが落ちこむと、・・・ 黒島伝治 「橇」
・・・線路はどこまでも二本が平行して完全だった。ところが、中ほどへ行くと不意にドカンとして機関車は脚を踏みはずした挽馬のように、鉄橋から奔放にはね出してしまった。 四角の箱は、それにつゞいてねじれながら雪の河をめがけて顛覆した。 と、待ち・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・ 自然主義運動に対立して平行線的に進行をつゞけた写生派、余裕派、低徊派等の諸文学については、森鴎外が、軍医総監であったことゝ、後に芥川龍之介が「将軍」を書いている以外、軍事的なものは見あたらない。たゞ、それらの文学と深い関係のある、或る・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・すなわち、談話の相手と顔を合わせずに、視線を平行に池の面に放射しているところに在るらしいのである。諸君も一度こころみるがよい。両者共に、相手の顔を意識せず、ソファに並んで坐って一つの煖炉の火を見つめながら、その火焔に向って交互に話し掛けるよ・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・琵琶湖の東北の縁にほぼ平行して、南北に連なり、近江と美濃との国境となっている分水嶺が、伊吹山の南で、突然中断されて、そこに両側の平野の間の関門を形成している。伊吹山はあたかもこの関所の番兵のようにそびえているわけである。大垣米原間の鉄道線路・・・ 寺田寅彦 「伊吹山の句について」
・・・「対照」「譬喩」「平行」「同時」等いろいろのモンタージュ手法に類するものを拾い出すことも可能であろうと思われる。 映画における字幕サブタイトルに相当するものすら、ある絵巻物には書き込まれてあるのも興味あることである。 絵巻物の一画面・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・トリラーの箇所は数条の波線が平行して流れる。 第二のテーマでは鉛直な直線の断片が自身に並行にS字形の軌跡を描いて動く。トリオの部分は概して水平な短い直線の断片が現われてそれがちょうど編隊飛行の飛行機が風に吹き散らされてでもいるような運動・・・ 寺田寅彦 「踊る線条」
・・・望遠鏡の焦点面に平行に張られた五本の蜘蛛の糸を横ぎって進行する星の光像を目で追跡すると同時に耳でクロノメーターの刻音を数える。そうして星がちょうど糸を通過する瞬間を頭の中の時のテープに突き止めるのであるが、まだよく慣れないうちは、あれあれと・・・ 寺田寅彦 「空想日録」
出典:青空文庫