・・・ 一体お前が年嵩な癖に勘弁してやらないのが悪いんです。」 母は洋一をかばいながら、小突くように兄を引き離した。すると兄の眼の色が、急に無気味なほど険しくなった。「好いやい。」 兄はそう云うより早く、気違いのように母を撲とうとした・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・のみならずやや年嵩らしい、顔に短い髯のある男は、通訳がまだ尋ねない事さえ、進んで説明する風があった。が、その答弁は参謀の心に、明瞭ならば明瞭なだけ、一層彼等を間牒にしたい、反感に似たものを与えるらしかった。「おい歩兵!」 旅団参謀は・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・ 停車場には農場の監督と、五、六人の年嵩な小作人とが出迎えていた。彼らはいずれも、古手拭と煙草道具と背負い繩とを腰にぶら下げていた。短い日が存分西に廻って、彼の周囲には、荒くれた北海道の山の中の匂いだけがただよっていた。 監督を先頭・・・ 有島武郎 「親子」
・・・丁度自分の畑の所まで来ると佐藤の年嵩の子供が三人学校の帰途と見えて、荷物を斜に背中に背負って、頭からぐっしょり濡れながら、近路するために畑の中を歩いていた。それを見ると仁右衛門は「待て」といって呼びとめた。振向いた子供たちは「まだか」の立っ・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・ と年嵩な看護婦長までおげんを見に来て悦んでくれた。「では、伯母さん、御懇意になった方のところへ行ってお別れなすったらいいでしょうに。伯母さんのお荷物はわたしが引受けますから」「そうせずか。何だか俺は夢のような気がするよ」 ・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・右の肱を、傾けたる顔と共に前に出して年嵩なる人の肩に懸ける。年上なるは幼なき人の膝の上に金にて飾れる大きな書物を開げて、そのあけてある頁の上に右の手を置く。象牙を揉んで柔かにしたるごとく美しい手である。二人とも烏の翼を欺くほどの黒き上衣を着・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・連れて来られた男の店員の方が大して女より年嵩だというのでもないことが多い。それにもかかわらず、男の店員の方は、客の問いに対して専門家として実際的な返答が出来たのである。そんなとき女の店員が傍から、その返事をきいていて、次の折にはそのような問・・・ 宮本百合子 「女の歴史」
・・・すこし年嵩な青年たちはこういう話をきくにつけても身体の健康な、家政になれた女性を妻としなければ、とてもこれからは、やって行けないという感想を抱くだろうと思う。その場合、家政のうまさということの内容を、昔ながらの女のつつましさや自己犠牲という・・・ 宮本百合子 「家庭と学生」
・・・ 都踊りの最後の稽古の日、その日はまあ大事の日だから、自信のある年嵩の連中でもちゃんと時間前に集っていたところへ、桃龍がたった一人遅れ、しかも寝ぼけ面で入って行った。平気さが、瀧沢という年寄の師匠の癪に触ったと見え、「そらもう桃龍は・・・ 宮本百合子 「高台寺」
・・・ 兄弟中で一番年嵩で、又、一番悪智恵にも長けて居る兄は、皆の顔を一順見渡してから、弟達に一つやる間に非常な速さで、自分の中に一つだけ余計に投げ込む。けれ共、その細い、やせた体の神経の有りとあらゆるものを、鍋の中に行き来する箸の先に集めて・・・ 宮本百合子 「農村」
出典:青空文庫