・・・いつも年末に催されるという滝田君の招宴にも一度席末に列しただけである。それは確震災の前年、――大正十一年の年末だったであろう。僕はその夜田山花袋、高島米峰、大町桂月の諸氏に初めてお目にかかることが出来た。 ◇ 僕は又滝・・・ 芥川竜之介 「滝田哲太郎君」
・・・ 三 木代が、六十円ほどはいったが、年末節季の払いをすると、あと僅かしか残らなかった。予め心積りをしていた払いの外に紺屋や、樋直し、按摩賃、市公の日傭賃などが、だいぶいった。病気のせいで彼はよく肩が凝った。で、しょ・・・ 黒島伝治 「窃む女」
・・・会費は年末賞与の三プロセント、但し賞与なかりし者は金弐円也とあった。自分は試験の準備でだいぶ役所も休んだために、賞与は受けなかったが、廻状の但し書が妙に可笑しかったからつい出掛ける気になって出席した。少し酒を過ごしての帰り途で寒気がしたが、・・・ 寺田寅彦 「枯菊の影」
・・・ 年末から新年へかけて新聞紙でよく名士の訃音が頻繁に報ぜられることがある。インフルエンザの流行している時だと、それが簡単に説明されるような気のすることもある。しかしそう簡単に説明されない場合もある。 四五月ごろ全国の各所でほとんど同・・・ 寺田寅彦 「藤の実」
・・・また明治大正の交から始った事である。偶然の現象であるのかも知れないが、考え方によっては全然関係がないとも言われまい。 戦争中にも銀座千疋屋の店頭には時節に従って花のある盆栽が並べられた。また年末には夜店に梅の鉢物が並べられ、市中諸処の縁・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
・・・篇中の事件は酉の市の前後から説き起されて、年末の煤払いに終っている。吉原の風俗と共に情死の事を説くには最も適切な時節を択んだところに作者の用意と苦心とが窺われる。わたくしはここに最終の一節を摘録しよう。小万は涙ながら写真と遺書とを持・・・ 永井荷風 「里の今昔」
・・・ 実に特別な年末ですね。 この家での生活は、子供が三人になったら又一つ様相変化して大変なものです。太郎は今私と一つ部屋に寝て居ります、泰子が四十度ほど熱を出しているので。赤坊についている看護婦さんは泰子が熱を出すと同時に自分も熱が出・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・亀やの包みは先方であなたからの手紙を見せてくれなければなどと普通でない面倒なことを云ったので手間どり、年末にやっととりました。封印がしてあって、靴、書類カバン、セル下着類が出ました。中に裏だけの着物が一枚あり。表をはがして着ていらしったので・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・〔一〕昨年末の作品発表禁止がとけそうな気配があるといって文芸春秋が小説を依頼した。丁度宮本の弟が中国に出征させられたときであった。私は「その年」という小説を書いた。文芸春秋社で内閲に出した。そしたら各行毎に赤線が引かれて戻ってきた。線のひか・・・ 宮本百合子 「年譜」
・・・きょうの生活の推しすすめとして今年の暮を考える心、さて来年は、と思う心、それは私たち日本の女にとって、これまでしばしば経験されて来たと同じ種類の年末、年頭の感想ではないように思われる。 日本の歴史をこめて世界の歴史は本年の間に未曾有の展・・・ 宮本百合子 「働く婦人の新しい年」
出典:青空文庫