・・・ 植物や動物はたいてい人間よりも年長者で人間時代以前からの教育を忠実に守っているからかえって災難を予想してこれに備える事を心得ているか少なくもみずから求めて災難を招くような事はしないようであるが、人間は先祖のアダムが知恵の木の実を食った・・・ 寺田寅彦 「災難雑考」
・・・重兵衛さんの長男は自分等よりはだいぶ年長で、いつもよく勉強をしていたのでその仲間にははいらなかったが、次男の亀さんとその妹の丑尾さんとが定連のお客であった。重兵衛さんの細君は喘息やみでいつも顔色の悪い、小さな弱々しいおばさんであったが、これ・・・ 寺田寅彦 「重兵衛さんの一家」
・・・実際母は彼よりただ十八歳の年長者であったのである。彼の郷閭の人々のうちには彼の学者として立つ事が彼の Lord としての生活と利害の相反することを恐れるものもあった。この学位を得た後に二人の友人とイタリア旅行をしたが、美術見物には大した興味・・・ 寺田寅彦 「レーリー卿(Lord Rayleigh)」
・・・ などというのを、古藤たちとおなじ年頃の高島はふりむきもせず、年長者のように、あぐらのひざに肘でささえた顔で、「フム」と、三吉の方だけみつめている。夕方福岡からきて、明日は鹿児島へゆき、数日後はまた熊本へもどって、古藤たちの学校で講演す・・・ 徳永直 「白い道」
・・・要するに二人の間は、年長者の監督のもとに立つある少女と、まだ修業ちゅうの身分を自覚するある青年とが一種の社会的な事情から、互いと顔を見合わせて、礼儀にもとらないだけの応対をするにすぎなかった。 だから自分は驚いたのである。重吉があがらず・・・ 夏目漱石 「手紙」
・・・ そもそも義塾の生徒、その年長ずるというも、二十歳前後にして、二十五歳以上の者は稀なるべし。概してこれを弱冠の年齢といわざるをえず。たとい天稟の才あるも、社会人事の経験に乏しきは、むろんにして、いわば無勘弁の少年と評するも不当に非ざるべ・・・ 福沢諭吉 「経世の学、また講究すべし」
・・・自分たち若いものの活溌な真情にとって、人間評価のよりどころとは思えないような外面的なまたは形式上のことを、小心な善良な年長者たちはとやかく云う。けれどもねえ、そればかりじゃあないわねえ、その心だと思う。 ところが、いざ自分のその心の面に・・・ 宮本百合子 「女の歴史」
・・・カール・マルクスより二十一歳も年長であったハイネとカールとの間には、真実な友情がむすばれていた。カールが徹夜しながら「書物の海」に埋れて社会発展の歴史とその理論を学んでいる時、ハイネは一つの詩を創るごとにカールに見せに持って来た。時々、カー・・・ 宮本百合子 「カール・マルクスとその夫人」
・・・何故なら、作家野上彌生子の年齢的同時代としては、谷崎潤一郎だの平塚らいてうだの、僅六歳の年長者として永井荷風等があり、それらの人々の生活内容と作品とは、あなたとは全く別様のものです。あなたのように若いジェネレーションの息吹きがその作品の内に・・・ 宮本百合子 「含蓄ある歳月」
・・・あれ程健康そうに見え、自分の良人に比して、大した年長でも在られない博士の死去という事実によって、「どうする?」という直覚的な反問が避け難い力を以て私自身に投げ付けられたのです。 私が、こうやってこれを書いている心持は、近頃の、何でも婦人・・・ 宮本百合子 「偶感一語」
出典:青空文庫