・・・大幻術の摩登伽女には、阿難尊者さえ迷わせられた。竜樹菩薩も在俗の時には、王宮の美人を偸むために、隠形の術を修せられたそうじゃ。しかし謀叛人になった聖者は、天竺震旦本朝を問わず、ただの一人もあった事は聞かぬ。これは聞かぬのも不思議はない。女人・・・ 芥川竜之介 「俊寛」
・・・先ず魔法、それから妖術、幻術、げほう、狐つかい、飯綱の法、荼吉尼の法、忍術、合気の術、キリシタンバテレンの法、口寄せ、識神をつかう。大概はこれらである。 これらの中、キリシタンの法は、少しは奇異を見せたものかも知らぬが、今からいえば理解・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・私は一種の幻術者だ。斯う見えても私は世に所謂「富」なぞの考えるよりは、もっと遠い夢を見て居る。」「老」が訪ねて来た。 これこそ私が「貧」以上に醜く考えて居たものだ。不思議にも、「老」までが私に微笑んで見せた。私はまた「貧」に尋ね・・・ 島崎藤村 「三人の訪問者」
・・・饒舌よりはむしろ沈黙によって現わされうるものを十七字の幻術によってきわめていきいきと表現しようというのが俳諧の使命である。ホーマーやダンテの多弁では到底描くことのできない真実を、つば元まできり込んで、西瓜を切るごとく、大木を倒すごとき意気込・・・ 寺田寅彦 「俳諧の本質的概論」
・・・チュウリップの幻術にかかっているうちに。もう私は行かなければなりません。さようなら。」「そうですか、ではさようなら。」 洋傘直しは荷物へよろよろ歩いて行き、有平糖の広告つきのその荷物を肩にし、もう一度あのあやしい花をちらっと見てそれ・・・ 宮沢賢治 「チュウリップの幻術」
出典:青空文庫