・・・ これなどは幼年時代に受けた教育の中でもかなりためになる種類のものであったと思う。多分十歳くらいのことであったか、あるいは七、八歳だったかもしれない。 ×の消息はその後全く分らない。 尤も、この頃でもやはりときどきは「鷹を貰い損・・・ 寺田寅彦 「鷹を貰い損なった話」
・・・少年や幼年の読み物にしてもどれをあけて見ても中は同じである。そして若い柔らかい頭の中から、美に対する正しい感覚を追い出すためにわざわざ考案されたような、いかにもけばけばしい、絵というよりもむしろ臓腑の解剖図のような気味の悪い色の配合が並べら・・・ 寺田寅彦 「丸善と三越」
・・・ロッチの著作はわたくしが幼年のころに見覚えた過去の時代の懐しき紀念である。長煙管で灰吹の筒を叩く音、団扇で蚊を追う響、木の橋をわたる下駄の音、これらの物音はわれわれが子供の時日々耳にきき馴れたもので、そして今は永遠に返り来ることなく、日本の・・・ 永井荷風 「西瓜」
・・・恐怖観念が非常に強く、何でもないことがひどく怖かった。幼年時代には、壁に映る時計や箒の影を見てさえ引きつけるほどに恐ろしかった。家人はそれを面白がり、僕によく悪戯してからかった。或る時、女中が杓文字の影を壁に映した。僕はそれを見て卒倒し、二・・・ 萩原朔太郎 「僕の孤独癖について」
・・・近年の男子中には往々此道を知らず、幼年の時より他人の家に養われて衣食は勿論、学校教育の事に至るまでも、一切万事養家の世話に預り、年漸く長じて家の娘と結婚、養父母は先ず是れにて安心と思いの外、この養子が羽翼既に成りて社会に頭角を顕すと同時に、・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・一、幼年の者へは漢学を先にして、後に洋学に入らしむるの説もあれども、漢字を知るはさまで難事にあらず、よく順序を定めて、四書五経などむつかしき書は、字を知りて後に学ぶべきなり。少年のとき四書五経の素読に費す年月はおびただしきものなり。字を・・・ 福沢諭吉 「学校の説」
・・・ 私はふと、いつか幼年画報に出ていたたけしという人の狐小学校のスケッチを思い出しました。「画家のたけしさんです。」「紹介状はお持ちですか。」「紹介状はありませんがたけしさんは今はずいぶん偉いですよ。美術学院の会員ですよ。」・・・ 宮沢賢治 「茨海小学校」
・・・ 内山氏の紹介によると、エリカ・マンは一九〇五年生れで、日本流にかぞえれば四十四歳になっている。幼年時代を、たのしく愛と芸術的な空気にみちたトーマス・マンの家庭に育って、十八歳で学校を卒業すると、ベルリンへ出て、マックス・ラインハルトの・・・ 宮本百合子 「明日の知性」
・・・母性保護の見地から婦人労働者の入坑を禁じた鉱山労働へ、女は石炭に呼ばれ、再び逆戻りしかけている。幼年労働の無良心な利用も問題とされているのである。 婦人が性の本然として生殖の任務をもっているということと、女は家庭にあるべきものという旧来・・・ 宮本百合子 「新しい婦人の職場と任務」
・・・ マクシム・ゴーリキイの「幼年時代」は、幼年時代について書かれた世界の文学のなかで独特な価値をもっている。あれをよむと、おそろしいような生々しさで、子供だったゴーリキイの生きていた環境の野蛮さ、暗さ、人間の善意や精力の限りない浪費が描か・・・ 宮本百合子 「新しい文学の誕生」
出典:青空文庫