・・・するような嫌いがあるが、つまり具体的の一箇の人じゃなくて、ある一種の人が人生に対する態度だ、而してその一種の人とは即ち文学者……必ずしも今の文学者ばかりじゃなく、凡そ人間在って以来の文学者という意味も幾らか含ませたつもりだ。だから今度の作で・・・ 二葉亭四迷 「私は懐疑派だ」
・・・それで貌の処だけは幾らか斟酌して隙を多く拵えるにした所で、兎に角頭も動かぬようにつめてしまう。つまり死体は土に葬むらるる前に先ずおが屑の嚢の中に葬むらるるのである。十四五年前の事であるが、余は猿楽町の下宿にいた頃に同宿の友達が急病で死んでし・・・ 正岡子規 「死後」
・・・今の瞬間に考えていられることが、きょう一日のうちにその幾らの部分実現されてゆくでしょう。 一、大体、ものを考える、ということを、私たちはこれまで大げさに、むずかしいことに思いすぎて来ていると思います。 あらゆるときに人間というものは・・・ 宮本百合子 「朝の話」
・・・友子さんが幾ら我を張っても、とうとうお終いに勝ったのは、芳子さんの親切、よい心掛でした。 二年目の終業式がすんだ日、お家に帰ると政子さんは袴をはいたまま、芳子さんのお部屋に来ました。 そして芳子さんの前に坐ると、心から、「芳子さ・・・ 宮本百合子 「いとこ同志」
・・・そのために日本の農村の貧困は甚しく農家から貧乏のために一年幾ら、二年幾らと前借金して工場に集められた小さな娘たちの生き血が搾られた。そして工場に二年ぐらい働いていると悪い労働条件のために肺病となるものの率が多く、その娘たちは田舎の家へかえっ・・・ 宮本百合子 「衣服と婦人の生活」
・・・ 待合にしてある次の間には幾ら病人が溜まっていても、翁は小さい煙管で雲井を吹かしながら、ゆっくり盆栽を眺めていた。 午前に一度、午後に一度は、極まって三十分ばかり休む。その時は待合の病人の中を通り抜けて、北向きの小部屋に這入って、煎・・・ 森鴎外 「カズイスチカ」
・・・山本方で商人に注文した、少しばかりの品物にも、思い掛けぬ手違が出来て、りよが幾ら気を揉んでも、支度がなかなかはかどらない。 或る日九郎右衛門は烟草を飲みながら、りよの裁縫するのを見ていたが、不審らしい顔をして、烟管を下に置いた。「なんだ・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・ん、身辺小説も困難なことにおいてはそう違わないと思うが、人それぞれの性質によって困難の対象は違うものとしなければならぬなら、私にとっての困難はやはり身辺小説だとは思えないので、こつこつやっているうちに幾らかはなろうと思っている。決心したこと・・・ 横光利一 「作家の生活」
・・・この日は白い海軍中尉の服装で短剣をつけている彼の姿は、前より幾らか大人に見えたが、それでも中尉の肩章はまだ栖方に似合ってはいなかった。「君はいままで、危いことが度度あったでしょう。例えば、今思ってもぞっとするというようなことで、運よく生・・・ 横光利一 「微笑」
・・・といいましたら、奥様が妙に苦々しい笑いようを為って、急に改まって、きっぱりと「マアぼうは、そんなことを決していうのじゃありませんよ、坊はやっぱりそのままがわたしには幾ら好のか知れぬ、坊のその嬉しそうな目付、そのまじめな口元、ひとつも変えたい・・・ 若松賤子 「忘れ形見」
出典:青空文庫