・・・「あれは先月の幾日だったかな? 何でも月曜か火曜だったがね。久しぶりに和田と顔を合せると、浅草へ行こうというじゃないか? 浅草はあんまりぞっとしないが、親愛なる旧友のいう事だから、僕も素直に賛成してさ。真っ昼間六区へ出かけたんだ。――」・・・ 芥川竜之介 「一夕話」
・・・ それから幾日もたたないうちに半之丞は急に自殺したのです。そのまた自殺も首を縊ったとか、喉を突いたとか言うのではありません。「か」の字川の瀬の中に板囲いをした、「独鈷の湯」と言う共同風呂がある、その温泉の石槽の中にまる一晩沈んでいた揚句・・・ 芥川竜之介 「温泉だより」
・・・こんな笑い声もこれらの人々には幾日ぶりかで、口に上ったのであろう。学校の慰問会をひらいたのも、この笑い声を聞くためではなかろうか。ガラス窓から長方形の青空をながめながら、この笑い声を聞いていると、ものとなく悲しい感じが胸に迫る。 講談が・・・ 芥川竜之介 「水の三日」
・・・ところが三月の幾日だかには、もう一度赤帽に脅かされた。それ以来夫が帰って来るまで、千枝子はどんな用があっても、決して停車場へは行った事がない。君が朝鮮へ立つ時にも、あいつが見送りに来なかったのは、やはり赤帽が怖かったのだそうだ。 その三・・・ 芥川竜之介 「妙な話」
・・・「お前は馬を持ってるくせに何んだって馬耕をしねえだ。幾日もなく雪になるだに」 帳場は抽象論から実際論に切込んで行った。「馬はあるが、プラオがねえだ」 仁右衛門は鼻の先きであしらった。「借りればいいでねえか」「銭子がね・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・何年にも幾日にも、こんな暢気な事は覚えぬ。おんぶするならしてくれ、で、些と他愛がないほど、のびのびとした心地。 気候は、と言うと、ほかほかが通り越した、これで赫と日が当ると、日中は早じりじりと来そうな頃が、近山曇りに薄りと雲が懸って、真・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・「遠方へってどこなのですか。」と、のぶ子は黒い、大きな目をみはって、お母さまにききました。「幾日も、幾日も、船に乗ってゆかなければならない外国なんだよ。」 こう、お母さまがいわれたときに、のぶ子は思わず、目を上げて、空の、かなた・・・ 小川未明 「青い花の香り」
・・・「そうねえ。」といって、暫時、頭をおかしげになっていましたが、「ああ、きっと外国へいくんでしょうよ。」と、やさしくいわれました。「幾日ばかりかからなければ、外国へいかれませんの。」と、露子は聞きました。「幾日も、・・・ 小川未明 「赤い船」
・・・ 木の芽は、まだ地の上に産まれてから、幾日もたたないので、ものを見てもまぶしくてしかたがないほどでありましたから、こう、風におしゃべりをされると、ただ空怖ろしいような、半分ばかり意味がわかって半分は意味がわからないような、どきまぎとした・・・ 小川未明 「明るき世界へ」
・・・天使は、こんなさびしい町の中で、幾日もじっとして、これから長い間、こうしているのかしらん。もし、そうなら退屈でたまらないと思いました。 幾百となく、飴チョコの箱に描いてある天使は、それぞれ違った空想にふけっていたのでありましょう。なかに・・・ 小川未明 「飴チョコの天使」
出典:青空文庫