・・・その頃は、まったくです、無い事は無いにしろ、幾許するか知らなかった。 皆、親のお庇だね。 その阿母が、そうやって、お米は? ッて尋ねると、晩まであるよ、とお言いなさる。 翌日のが無いと言われるより、どんなに辛かったか知れません。・・・ 泉鏡花 「女客」
・・・後世少年吾等を羨むこと幾許ぞと。余、甚だ然りと答へ、ともに奮励して大いに為すあらんことを誓ひき」と。明かに×××的意義を帯びていた日清戦争に際して、ちょうど、国民解放戦争にでも際会したるが如き歓喜をもらしている。また、威海衛の大攻撃と支那北・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・一体源三は父母を失ってから、叔母が片付いている縁によって今の家に厄介になったので、もちろん厄介と云っても幾許かの財産をも預けて寄食していたのだからまるで厄介になったという訳では無いので、そこで叔母にも可愛がらるればしたがって叔父にも可愛がら・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・でかかる山の上にはあるならんと疑いつ、呼び入れて問いただすに、秩父に生れ秩父に老いたるものの事とて世はなれたる山の上を憂しともせず、口に糊するほどのことは此地にのみいても叶えば、雲に宿かり霧に息つきて幾許もなき生命を生くという。おかしき男か・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・七「へえ……大きなもんですな、これは幾許ぐらいのものですな」殿「それは何んだの相場によって違うが、大抵二十五両ぐらいの通用のものである」七「へえ一枚二十五両ッ……これが一枚あれば家内にぐず/″\いわれる訳はないが、二枚並んでゝも・・・ 著:三遊亭円朝 校訂:鈴木行三 「梅若七兵衞」
・・・遥かの空に白雲とのみ見つるが上に兀然として現われ出でたる富士ここからもなお三千仞はあるべしと思うに更にその影を幾許の深さに沈めてささ波にちぢめよせられたるまたなくおかし。箱根駅にて午餉したたむるに皿の上に尺にも近かるべき魚一尾あり。主人誇り・・・ 正岡子規 「旅の旅の旅」
・・・すると、幾許もなく、建物の一隅から素晴らしい銅鑼の音が起った。がらんとした建物じゅうにはびこる無気力な静寂を、震駭させずには置かないという響だ。食事の知らせである。 がっしり天井の低い低い茶っぽい食堂の壁に、夥しく花鳥の額、聯の類が懸っ・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
・・・夕餉果てて後、寐牀のしろ恭しく求むるを幾許ぞと問えば一人一銭五厘という。蚊なし。 十九日、朝起きて、顔洗うべき所やあると問えば、家の前なる流を指さしぬ。ギヨオテが伊太利紀行もおもい出でられておかし。温泉を環りて立てる家数三十戸ばかり、宿・・・ 森鴎外 「みちの記」
出典:青空文庫