・・・する努力はすべての作家の念頭から離れず、一方で三田伸六、車膳六その他の主人公たちが生まれるとともに、他の一面では多くの作家の眼が、今日の生活の前方や右左へ強い観察を放つよりもむしろ後方へ、過去に向って拡がる形を示した。 今日から明日へと・・・ 宮本百合子 「今日の文学の諸相」
・・・そういう人たちはイタリーにファッシストができたから、それが拡がってドイツのナチスになり、ドイツのナチスはイギリスに拡がるばかりか東洋の国々にもやがて拡がって来るであろうし、拡がって来るのが当然であるという論法を立てる。はたしてそうであろうか・・・ 宮本百合子 「今日の文化の諸問題」
・・・婦人の社会的活動の面が拡がるにつれて、社会認識の上でつながりのない結婚はますます減ってゆく。そこに共通な社会的地盤の上に立つ男女の純潔さがあり愛情の純潔さえも一層強固に保たれてゆく可能があると思う。 愛するものがあってもなくても、人間一・・・ 宮本百合子 「社会生活の純潔性」
・・・ 愛する者よ、我が愛するものよ、 斯う呼ぶ時、自分は彼という一つの明かな形象を透して、限りない尊び畏るべき人々と、いたわり憐むべき人々との心へ、自分の魂が拡がるのを感じる。 彼への深い信は、魂の愛は、万人へのよりよき心の共鳴を教・・・ 宮本百合子 「樹蔭雑記」
・・・深見進介の眼の虹彩のせばまるところに光りがあり、情景があり、その虹彩の拡がるところに闇がある、そんなふうに執拗に深見の体にくっついてはなれず、その感情を通じてだけ形象の世界を実在させている。その意味で作者の手法は、そういう主人公の生活を見つ・・・ 宮本百合子 「一九四六年の文壇」
・・・ぱっと拡がる。ミーダ 俺の呪いで植えつけられた慾の皮も火の熱気には叶わないか。算を乱して駆け出したぞ。ヴィンダー 活溌な火気奴! 活動をつづけろ。何より俺の頼もしい配下だ。飛べ、飛べ! ぐんと飛んで焼き払え。祖先の時柄にも似合わず、・・・ 宮本百合子 「対話」
・・・ メーテルリンクという言葉に、朱線を引き、感激した彼女は、今、その感激はちょうど、小さい子供が、頭の上の空で、美くしく拡がる花火の光りを、喝采しながら 綺麗だなあ、綺麗だなあと・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・それは総ゆる皮膚病の中で、最も頑強な痒さを与えて輪郭的に拡がる性質をもっていた。掻けば花弁を踏みにじったような汁が出た。乾けば素焼のように素朴な白色を現した。だが、その表面に一度爪が当ったときは、この湿疹性の白癬は、全図を拡げて猛然と活動を・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
・・・これはしめたと思って大切に取り扱い庭一面に広がるのを楽しみにしていたのであるが、冬になって霜柱が立つようになると、消えてなくなった。翌年も少しは出たが、もう前の年のようには育たなかった。雨の少ない年には全然出て来ないこともある。昨年はいくら・・・ 和辻哲郎 「京の四季」
・・・深山に俗塵を離れて燎乱と咲く桜花が一片散り二片散り清けき谷の流れに浮かびて山をめぐり野を越え茫々たる平野に拡がる。深山桜は初めてありがたい。人の世を超越して宇宙の神秘を直覚したる心霊は衆を化し群を悟らす時初めて完全である。吾人の心は安逸を貪・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫