・・・ 朝露しとしとと滴るる桑畑の茂り、次ぎな菜畑、大根畑、新たに青み加わるさやさやしさ、一列に黄ばんだ稲の広やかな田畝や、少し色づいた遠山の秋の色、麓の村里には朝煙薄青く、遠くまでたなびき渡して、空は瑠璃色深く澄みつつ、すべてのものが皆いき・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・ 私は、真個に真心から、もっと、もっと自分の仲間が力に満ちた、広やかな頭脳と胸とを以て生活する事を、其に対する憧憬と努力とをもっと切実にする事を希望致します。私は自分の目の届く限り、心の思い得る限りの女性が、深い愛と、深い叡智によって、・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・緑の豊かな梢から、薄クリーム色に塗料をかけた、木造ながら翼を広やかに張った建物が聳え立っている。そのヴェランダは遠目にも快活に海の展望を恣ままにしているのが想像される。大分坂の上になるらしいが、俥夫はあの玄関まで行くのであろうか。長崎名物の・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
・・・ 片山里に住むとは云え風流ごのみは流石京の公卿、広やかな邸の内、燈台の影のないのはおぼろおぼろの春の夜の月の風情をそこなってはと遠くしりぞけられて居るためで、散りもそめず、さきものこらず、雲かとまがう万朶の桜・・・ 宮本百合子 「錦木」
・・・けれども、子供はもってよいというひとが、どうして、その前の、男女の結合の形態を、社会常識の上でもっと広やかで自然な、人間的な、相互交流の形に高めようとする情熱を感じないのであろう。その情熱ぬきに、子供の側から見れば、それが多くの場合歴史的な・・・ 宮本百合子 「未開の花」
・・・一つの雑誌の写真には、美しい流行の服装をした令嬢が一匹数百円よりもっとしそうな堂々たる犬を左右において、広やかな庭前で写真にとられている。 他の雑誌では、機械工として働いている若い娘さんたちの姿、男がわりに田の植付けをしている娘さんたち・・・ 宮本百合子 「若い娘の倫理」
出典:青空文庫