・・・――神か、あらずや、人か、巫女か。「――その話の人たちを見ようと思う、翁、里人の深切に、すきな柳を欄干さきへ植えてたもったは嬉しいが、町の桂井館は葉のしげりで隠れて見えぬ。――広前の、そちらへ、参ろう。」 はらりと、やや蓮葉に白脛の・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・と喚くと、一子時丸の襟首を、長袖のまま引掴み、壇を倒に引落し、ずるずると広前を、石の大鉢の許に掴み去って、いきなり衣帯を剥いで裸にすると、天窓から柄杓で浴びせた。「塩を持て、塩を持て。」 塩どころじゃない、百日紅の樹を前にした、社務・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・が、砂浜に鳥居を立てたようで、拝殿の裏崕には鬱々たるその公園の森を負いながら、広前は一面、真空なる太陽に、礫の影一つなく、ただ白紙を敷詰めた光景なのが、日射に、やや黄んで、渺として、どこから散ったか、百日紅の二三点。 ……覗くと、静まり・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・これぞというべきことはなけれど樹立老いて広前もゆたかに、その名高きほどの尊さは見ゆ。中古の頃この宮居のいと栄えさせたまいしより大宮郷というここの称えも出で来りしなるべく、古くは中村郷といいしとおぼしく、『和名抄』に見えたるそのとなえ今も大宮・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
出典:青空文庫