・・・みの一つだになきぞ悲しきと云って、娘が笠の上に花の咲いた山吹の枝をのせて、鹿皮のむかばきをつけて床几にかけている太田道灌にさし出している絵も見た。この絵は、『少女画報』という雑誌にのっていたと思う。 太田道灌が、あっちからこっちへと武蔵・・・ 宮本百合子 「道灌山」
・・・床屋の前の床几に五六人、七つ八つから十三四までの男の子が集っている。ちょうどあった泥たんこを、私共は左右によけて一二歩歩いたと思うと、不図背後で何か気勢がした。Yが反射的に後を振かえった。私も。子供を背負った一番大きい男の子が急いで床几に戻・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
・・・百花園の床几。 大東屋の彼方の端で、一日がかりで来ているらしい前掛に羽織姿の男が七八人噪いでいる。「おや、しゃれたものを描くんだね、三十一文字かい」 楽焼の絵筆を手に持ったままわざわざ立って来、床几にあがって皿にかがみこんで・・・ 宮本百合子 「百花園」
・・・ 建物の横手に大型トラックが来ていて、手拭で頭をくるりと包んだジャムパー姿の若い人が三四人で、トラックの上から床几をおろしているところであった。 床几は、粗末ではあるがどれも真新しく木の香がした。真新しいのは、その床几ばかりでなかっ・・・ 宮本百合子 「風知草」
・・・ 右手の粗末な数列の床几に、ドタ靴の委員たちがゾロリとかけ、新しい木や古い木をブッつけた台の上へ議長がのっている。 ┌────────────────────┐ │文学運動の基礎を全国の工場へ! 農村へ!│ └────・・・ 宮本百合子 「文芸時評」
・・・そんな時には、今度東京に行ったら、三本足の床几を買って来て、ここへ持って来ようなんぞと思っている。 孵えた雛は雌であった。至極丈夫で、見る見る大きくなる。大きくなるに連れて、羽の色が黒くなる。十日ばかりで全身真黒になってしまった。まるで・・・ 森鴎外 「鶏」
・・・ 農婦は場庭の床几から立ち上ると、彼の傍へよって来た。「馬車はいつ出るのでござんしょうな。悴が死にかかっていますので、早よ街へ行かんと死に目に逢えまい思いましてな。」「そりゃいかん。」「もう出るのでござんしょうな、もう出るっ・・・ 横光利一 「蠅」
出典:青空文庫