・・・それ自身のように、いつまでも死んだ蜂の上に底気味悪くのしかかっていた。 こう云う残虐を極めた悲劇は、何度となくその後繰返された。が、紅い庚申薔薇の花は息苦しい光と熱との中に、毎日美しく咲き狂っていた。―― その内に雌蜘蛛はある真昼、・・・ 芥川竜之介 「女」
・・・その時お君さんの描いた幻の中には、時々暗い雲の影が、一切の幸福を脅すように、底気味悪く去来していた。成程お君さんは田中君を恋しているのに違いない。しかしその田中君は、実はお君さんの芸術的感激が円光を頂かせた田中君である。詩も作る、ヴァイオリ・・・ 芥川竜之介 「葱」
・・・空は隅から隅まで底気味悪く晴れ渡っていた。そのために風は地面にばかり吹いているように見えた。佐藤の畑はとにかく秋耕をすましていたのに、それに隣った仁右衛門の畑は見渡す限りかまどがえしとみずひきとあかざととびつかとで茫々としていた。ひき残され・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
出典:青空文庫