・・・しかしこの短い時間内に、こんな大袈裟な問題を片づけるのだから、無論完全な事を云うはずがない、不完全は無論不完全だが、あの度胸が感心だと賞めていただきたい。もっとも時間は幾らでも与えるから、もっと立派に言えと注文されても私の手際では覚束ないか・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・ 発破と度胸競べなんざ、真っ平だよ」 こんな訳であって、――どんな訳があろうとも、発破を抑えつけるなんて訳に行くものではない――岩鼻火薬製造所製の桜印ダイナマイト、大ダイ六本も詰め込んだ発破は、素晴らしい威力を発揮した。濡れ蓆位被せたっ・・・ 葉山嘉樹 「坑夫の子」
・・・パイプを右手にもち直し、度胸を据えて斯う云った。「どうだい、此処は面白いかい。」「面白いねえ。」象がからだを斜めにして、眼を細くして返事した。「ずうっとこっちに居たらどうだい。」 百姓どもははっとして、息を殺して象を見た。オ・・・ 宮沢賢治 「オツベルと象」
・・・注文通り岩頸は丁度胸までせり出してならんで空に高くそびえた。一番右はたしかラクシャン第一子まっ黒な髪をふり乱し大きな眼をぎろぎろ空に向けしきりに口をぱくぱくして何かどなっている様だがその声は少しも聞え・・・ 宮沢賢治 「楢ノ木大学士の野宿」
・・・小学校訓導をふり出しにして、今は高等女学校の校長となり、或は小学校を卒業したばかりで、どういういきさつにもせよ、今度立候補して当選する度胸がつくまでに、これまでの日本は、女一人をたやすく歩ませては来なかったに相違ない。しかし、この個人個人の・・・ 宮本百合子 「一票の教訓」
・・・ 場面場面は十分観衆をひきつけているらしいのに、いよいよ久作も工場へ入る度胸が据って目出度しの幕切れの拍手は、案外にまばらであった。これは明るい幕切れであり、或る意味でのハピイ・エンドなのだが、今日の観衆の生活感情のどういうものがそのハ・・・ 宮本百合子 「「建設の明暗」の印象」
・・・しかし眼のためだけ考えても、私は度胸をすえて、この疲れを休めなければなりません。今日中には看護婦が来るそうだから、赤ん坊の方だけは一かたつくでしょう。この頃はどこもかしこも修羅場で、多賀ちゃんの手紙に「静かな陽なたでゆっくり静養していらっし・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・作家の仕事をする度胸の据え方という点で学ぶところが多くあります。テエヌはバルザックをサント・ブウヴなどとちがって社会的なひろい土台で肯定して居るところは、さすがであり、そのさすがのテエヌにしろ、今日の歴史の到達点から見ると、未だ現実の真のス・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・「度胸だね」と今一人の客が合槌を打った。「鞍山站まで酒を運んだちゃん車の主を縛り上げて、道で拾った針金を懐に捩じ込んで、軍用電信を切った嫌疑者にして、正直な憲兵を騙して引き渡してしまうなんと云う為組は、外のものには出来ないよ。」こう云っ・・・ 森鴎外 「鼠坂」
・・・愛なき批評を呪うようになった私には、もはや気軽に他人を非難する度胸がなくなった。八 ショオとドストイェフスキイとに一種の類似がある。それは知的と心理的とに特色を有する表現法が因をなしているかも知れない。しかし私は特に彼らの内・・・ 和辻哲郎 「転向」
出典:青空文庫