・・・「そうすると、向うから、小さな女異人が一人歩いて来て、その人にかじりつくんです。弁士の話じゃ、これがその人の情婦なんですとさ。年をとっている癖に、大きな鳥の羽根なんぞを帽子につけて、いやらしいったらないんでしょう。」 お徳は妬けたん・・・ 芥川竜之介 「片恋」
・・・この言葉づかいは、銀座あるきの紳士、学生、もっぱら映画の弁士などが、わざと粋がって「避暑に行ったです。」「アルプスへ上るです。」と使用するが、元来は訛である。恋われて――いやな言葉づかいだが――挨拶をするのに、「嬉しいですわ。」は、嬉しくな・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・ところが、その愚劣な映画の弁士を勤めて、お客の御機嫌を取り結ぶのが、僕の役目なんだそうだ。」「それあいい。」私は、大声で笑ってしまった。「いいじゃないか。北海道の春は、いまだ浅くして、――」「本気で言ってるのかね?」少年の声は、怒り・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・あれをはいて歩くと、僕は活動の弁士みたいに見える。もう、よごれて、用いられない。」「けさ、アイロンを掛けて置きましたの。紺絣には、あのほうが似合うでしょう。」 家内には、私のその時の思いつめた意気込みの程が、わからない。よく説明して・・・ 太宰治 「善蔵を思う」
・・・の三人五人が下足をつまんで、中腰にしゃがんでいる。そしてそんな聴衆も、高島が演壇にでてきて五分もたつと、ぶえんりょに欠伸などしながら帰ってしまった。 じっさい、この「東京前衛社派遣」の弁士は貧弱だった。小さいのでテーブルからやっと首だけ・・・ 徳永直 「白い道」
・・・昔の下手な活動の弁士が絵でもって男が二階へ上って行くと、「彼は今二階へ上ったのであります」といったのと同じである。アメリカのトーキーは音を概してそういう風に使っている。ソヴェトのトーキーの面白い点は、音というものを全然そういう風な画面と一緒・・・ 宮本百合子 「ソヴェト・ロシアの素顔」
出典:青空文庫