・・・マダムはお辞儀をしてから、青扇にかくすようにして大型の熨斗袋をそっと玄関の式台にのせ、おしるしに、とひくいがきっぱりした語調で言った。それからもいちどゆっくりお辞儀をしたのである。お辞儀をするときにもやはり片方の眉をあげて、下唇を噛んでいた・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・ と言って風呂敷から、トミイウイスキイの角瓶を一本取り出して、玄関の式台の上に載せた。洒落たひとだ、と私は感心した。その頃は、いや、いまでもそうだが、トミイウイスキイどころか、焼酎でさえめったに我々の力では入手出来なかったのである。・・・ 太宰治 「酒の追憶」
・・・家内は玄関の式台に立って見送り、落ち着いていた。「心得ている。ポチ、来い!」 ポチは尾を振って縁の下から出てきた。「来い、来い!」私は、さっさと歩きだした。きょうは、あんな、意地悪くポチの姿を見つめるようなことはしないので、ポチ・・・ 太宰治 「畜犬談」
出典:青空文庫