・・・しかし、どんな式服を着ていたかと聞かれると、たった今見て来たばかりの花嫁の心像は忽然として灰色の幽霊のようにぼやけたものになってしまう。「あなたの懐中時計の六時の所はどんな数字が書いてありますか」と聞いてみると、大概の人はちょっと小首を・・・ 寺田寅彦 「錯覚数題」
・・・紫色の服を着た女はやはり同じ写真の中に現われた黒い式服の中年婦人の変形であるとしたところで、瀬戸物を踏み砕く一条だけは説明困難である。あるいは葬式や嫁入りの門先に皿鉢を砕く、あの習俗がこんな妙な形に歪曲されて出現したのかもしれない。 島・・・ 寺田寅彦 「三斜晶系」
この間、『サン』を見ていたら、福島県のどこかの村の結婚式の写真が出ていた。昔ながらの角かくしをかぶって裾模様の式服を着た花嫁が、健康な農村の娘さんらしい膝のうずたかさでかしこまって坐っている。婿さんの方は、洋服姿で、これも・・・ 宮本百合子 「指紋」
・・・宮中の賀式に列するらしい式服の軍人や文官が、腕車や自動車で飾羽根をなびかせ乍ら馳け違う。ちかちか燦く濠の水の面や、嬉しそうな小学生、靄の中から浮んだ石崖、松の姿を、自分は、新らしい宝のように眺め、いつくしんだ。・・・ 宮本百合子 「又、家」
出典:青空文庫