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・・・毎朝役所へ出勤する前、崖の中腹に的を置いて古井戸の柳を脊にして、凉しい夏の朝風に弓弦を鳴すを例としたが間もなく秋が来て、朝寒の或日、片肌脱の父は弓を手にした儘、あわただしく崖の小道を馳上って来て、皺枯れた大声に、「田崎々々! 庭に狐が居・・・
永井荷風
「狐」
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・・・これらは総て、求められている或るものを射ようとして弓弦から作家によって放たれている箭であるが、今のところ、一本も的は貫かず、そこに焦燥がかくされている。身辺小説、私小説からの蝉脱の課題がおこった当時は、文学作品の単行本がちっとも売れないとい・・・
宮本百合子
「人生の共感」