・・・母の考えでは、夫が侍であるから、弓矢の神の八幡へ、こうやって是非ない願をかけたら、よもや聴かれぬ道理はなかろうと一図に思いつめている。 子供はよくこの鈴の音で眼を覚まして、四辺を見ると真暗だものだから、急に背中で泣き出す事がある。その時・・・ 夏目漱石 「夢十夜」
・・・て自から封建社会の秩序に適合せしめ、又間接に其秩序を幇助せしめたるが如き、一種特別なる時勢の中に居て立案執筆したる女大学なれば、其所論今日より見ればこそ奇怪なれども、当年に在ては決して怪しむに足らず。弓矢鎗剣、今の軍器としては無用の長物、唯・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・キューピッドという彼女の男の子は、いつも恋の使として、金の弓矢をもってヴィナスのそばにいるとしても、ヴィナスの母としての人生、妻としての人生などは見たことがない。彼女は多く裸体で、女性の美しさを発揮しながら、必ず無為の姿であらわされている。・・・ 宮本百合子 「女性の歴史」
・・・狩りのえものがあって何日かは食べるものの心配から解放されたとき男は自分の好きな女の小舎に入って、外に自分の弓矢をかけておくのが習慣であった。部落のほかの男たちは、そこに一対の弓矢がかけられている間は、その持主に良人の位置を認めるわけである。・・・ 宮本百合子 「貞操について」
・・・三郎は寝鳥を取ることが好きで邸のうちの木立ち木立ちを、手に弓矢を持って見廻るのである。 二人は父母のことを言うたびに、どうしようか、こうしようかと、逢いたさのあまりに、あらゆる手立てを話し合って、夢のような相談をもする。きょうは姉がこう・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
・・・キーツが山の人の衣を着くる時ウィルヘルム・テルは弓矢を持って出現する。テルは詩人の理想に生まれた第一義の人である。 霊の権威を知り、多少内的生命を有する人にしてなお虚栄に沈湎して哀れむべき境地に身を置く人がある。虚栄は果てなき砂の文字で・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫