・・・蜀山人が作にも金竜山下起二金波一 〔金竜山下に金波を起こし砕二作千金一散二墨河一 千金を砕作して墨河に散る別有三幽荘引二剰水一 別に幽荘の剰水を引ける有りて蒹葭深処月明多 蒹葭深き処月明らかなること多れり〕・・・ 永井荷風 「向嶋」
・・・佳句を得て佳句を続ぎ能わざるを恨みてか、黒くゆるやかに引ける眉の下より安からぬ眼の色が光る。「描けども成らず、描けども成らず」と椽に端居して天下晴れて胡坐かけるが繰り返す。兼ねて覚えたる禅語にて即興なれば間に合わすつもりか。剛き髪を五分・・・ 夏目漱石 「一夜」
・・・その本場の批評家のいうところと私の考と矛盾してはどうも普通の場合気が引ける事になる。そこでこうした矛盾がはたしてどこから出るかという事を考えなければならなくなる。風俗、人情、習慣、溯っては国民の性格皆この矛盾の原因になっているに相違ない。そ・・・ 夏目漱石 「私の個人主義」
・・・ トタン屋も来ない様になり、家の中は一層ひっそり閑として、私が大股に縁側を歩く音が、気の引ける様に、お寺の様に高い天井に響く。持って来た本もよみつくした私は、一日の中、半分私が顔を知らないうちに没した先代が、細筆でこまごまと書き写した、・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・其処に各々の巣を持つ小供等が、午後三四時頃、学校が引けると、天気さえよければ、うちの板塀の外の一隅で遊び始める。下へ降りる段々の踊場とでも云うべき一坪程の平らな場所から、ずっと、自分等の家の屋根、彼方此方の二階、曙町の方の西洋館の窓々や森等・・・ 宮本百合子 「又、家」
・・・ツウツウ――眉が引ける、鼻が出る、白い、気持好く力のこもったひたいがうかんで口が出来てそれからうす赤い線がこのまばたくまにならんだ小っぽけなものをかこんで、その線の上にあるお米つぶほどのほくろさえそえて――男のかおが出来上った。 そのう・・・ 宮本百合子 「芽生」
出典:青空文庫