・・・私は、いまこの二少年の憫笑に遭い、自分の無力弱小を、いやになるほど知らされた。私が、ふっと口を噤んで片手にビイルのコップを持ったまま思いに沈んでいるのを、見兼ねたか、少年佐伯は、低い声で、「何も、そんなに卑下して見せなくたって、いいじゃ・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・としての弱小さは、人と成ろうとする努力によってのみ救われるだろう。如何にして人と成るか、如何にして真実な芸術を創造し得る魂を持つかそれは、その人々に遺された問題であると思う。〔一九二〇年七月〕・・・ 宮本百合子 「概念と心其もの」
・・・、インテリゲンツィアとしての作家が政治経済の活動への参加から切り離されていると同時に被動的な社会的立場に置かれて来た大衆の日常ともその知性によって切り離され、次第に芸術の内容を非社会的な、主観と理念と弱小な自我の輾転反側の中に萎縮させて来た・・・ 宮本百合子 「今日の文学の鳥瞰図」
・・・十月革命によってプロレタリア農民が勝利するまで、ブルジョア地主の専制支配の下でユダヤ民族と弱小民族の一つであるタタール民族が虐げられて来たことは、ロシア歴史を一目見ただけで明らかである。ユダヤ人は屡々虐殺された。タタール人抑圧の悲憤にみちた・・・ 宮本百合子 「ドン・バス炭坑区の「労働宮」」
・・・現代の文学者の或る人々の中には文人気質が様々に捩れ、弱小なものとなって未だのこっており、そういう人々の間では「さび」が猶芸術価値として存在している。詩人の堀口大学氏などを眺めると、フランス近代詩人の粋の感覚を、日本の粋とそのデカダンスの面で・・・ 宮本百合子 「文学上の復古的提唱に対して」
・・・偉大なる者への屈従は歓喜を以て迎えられ、弱小を征服することは大いなる愛の力を以てせられる。ここに偉大なる者の偉大なるゆえんは最も明らかにせられる。そうして弱小なる者の生活が人性の上に持っている意義もまた明瞭になる。 自分はなお日々に悔い・・・ 和辻哲郎 「自己の肯定と否定と」
・・・私にそれが不可能であったことは私の愛の弱小を証明するに過ぎないだろう。私は彼らをも同胞として抱擁し得るような大きい愛をはぐくみたい。私はそういう愛の芽ばえが力強く三月の土を撞げかかっているように感ずる。 春が来た。春が来た。真実の生の春・・・ 和辻哲郎 「転向」
出典:青空文庫