・・・ この人の色は強烈でありながらちゃんとつりあいが取れていて自分のような弱虫でも圧迫を感じない。「裸女結髪」の女の躯体には古瓢のおもしろみがある。近ごろガラス絵を研究されるそうだがことしの絵にはどこかガラス絵の味が出ている。大きな裸体も美しい・・・ 寺田寅彦 「昭和二年の二科会と美術院」
・・・いちばん弱虫で病身でいくじなしであった自分はこの年まで恥をかきかき生き残って恥の上塗りにこんな随筆を書いているのである。 中学の五年のとき、ちょうど日清戦争時分に名古屋に遊びに行って、そこで東京大相撲を見た記憶がある。小錦という大関だか・・・ 寺田寅彦 「相撲」
・・・いつもよく自分をいじめた年上の者らは苦もなく駆け上がって上から弱虫とあざける。「早く登って来い、ここから東京が見えるよ」などと言って笑った。くやしいので懸命に登りかけると、砂は足もとからくずれ、力草と頼む昼顔はもろくちぎれてすべ・・・ 寺田寅彦 「花物語」
出典:青空文庫