・・・やりたい文学もやらせずに、勉強ばかり強いるこの頃の父が、急に面憎くなったのだった。その上兄が大学生になると云う事は、弟が勉強すると云う事と、何も関係などはありはしない。――そうまた父の論理の矛盾を嘲笑う気もちもないではなかった。「お絹は・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・半ば目をきて、「そんなに強いるなら仕方がない。私はね、心に一つ秘密がある。痲酔剤は譫言を謂うと申すから、それがこわくってなりません。どうぞもう、眠らずにお療治ができないようなら、もうもう快らんでもいい、よしてください」 聞くがごとく・・・ 泉鏡花 「外科室」
・・・ほい、強いるにも当らぬかの。おお、それからいまのさき、私が田圃から帰りがけに、うつくしい女衆が、二人づれ、丁稚が一人、若い衆が三人で、駕籠を舁いてぞろぞろとやって来おった。や、それが空駕籠じゃったわ。もしもし、清心様とおっしゃる尼様のお寺は・・・ 泉鏡花 「清心庵」
・・・ 客は、手を曳いてくれないでは、腰が抜けて二階へは上れないと、串戯を真顔で強いると、ちょっと微笑みながら、それでも心から気の毒そうに、否とも言わず、肩を並べて、階子段を――上ると蜿りしなの寂しい白い燈に、顔がまた白く、褄が青かった。客は・・・ 泉鏡花 「鷭狩」
・・・しかし、国民に懺悔を強いる前に、まず軍部、重臣、官僚、財閥、教育者が懺悔すべきであろうと思った。「一億総懺悔」という言葉は、何か国民を強制する言葉のように聞こえた。 私は終戦後、新聞の論調の変化を、まるでレヴューを見る如く、面白いと思っ・・・ 織田作之助 「終戦前後」
・・・と茶湯台の向うに坐ってお酌していた茶店の娘に同感を強いるような調子で言った。「そうのようですね。お父さんにはそんなにないようですね」と、娘も何気なく笑って二人の顔をちょっと見較べる様子しながら言った。 それが失策だった。Fは黙ってち・・・ 葛西善蔵 「父の出郷」
・・・どうだネ、兄さん、わたしはお前を欺すのでも強いるのでもないのだよ。たってお前が其処を退かないというのなら、それも仕方はないがネ、そんな意地悪にしなくても好いだろう、根が遊びだからネ。と言って聴かせている中に、少年の眼の中は段に平和になっ・・・ 幸田露伴 「蘆声」
・・・芸術は、そんなに、人に強いるものではないと思う。 一日に三十枚は平気で書ける作家もいるという。私は一日五枚書くと大威張りだ。描写が下手だから苦労するのである。語彙が貧弱だから、ペンが渋るのである。遅筆は、作家の恥辱である。一枚書くの・・・ 太宰治 「自作を語る」
・・・ 知っていながらその告白を強いる。なんといういんけんな刑罰であろう。 満月の宵。光っては崩れ、うねっては崩れ、逆巻き、のた打つ浪のなかで互いに離れまいとつないだ手を苦しまぎれに俺が故意と振り切ったとき女は忽ち浪に呑まれて、た・・・ 太宰治 「葉」
・・・具体的から抽象的に移る道を明けてやらないで、いきなり純粋な抽象的観念の理解を強いるのは無理である。それよりもこうすればうまく行ける。先ず一番の基礎的な事柄は教場でやらないで戸外で授ける方がいい。例えばある牧場の面積を測る事、他所のと比較する・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
出典:青空文庫