・・・どこまでも奮闘せねばならぬ決心が自然的に強固となって、大災害を哀嘆してる暇がない為であろう。人間も無事だ、牛も無事だ、よしといったような、爽快な気分で朝まで熟睡した。 家のが鳴く、家のが鳴く、という子供の声が耳に入って眼を覚した。起って・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・はたして省作は深田の養子になり、おとよも何の事なく帰ってきたから、やっぱり人の悪口が多いのだと思うていたところ、この上もない良縁と思う今度の縁談につき、意外にもおとよが強固に剛情な態度を示し、それも省作との関係によると見てとった父は、自分の・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・日本民族独特の情死の如きは、もっと鞏固な意志と知性とが要求されるとはいえ、またそうでなければ現われることのできない人心の結びと契いとの機微があるのである。梅川忠兵衛がもし心中しなかったら、世間の人情はさらに傷つくかもしれないだろう。ダンテは・・・ 倉田百三 「人生における離合について」
・・・やらが三つも四つも重って起っても、或る強固な意志のために、一向に恋愛が成立しないという事の例証である。ただもう「ふとした事」で恋愛が成立するものとしたら、それは実に卑猥な世相になってしまうであろう。恋愛は意志に依るべきである。恋愛チャンス説・・・ 太宰治 「チャンス」
・・・そこで今度は、スキャップ政策をとったが、それも強固な争議団の妨碍のために、予測程の成功ではなかった。トラックの中に、荷物の間に五六人のスキャップを積み込んで、会社間近まで来たとき、トラックの運転手と変装していた利平が、ひどくやられたのもこの・・・ 徳永直 「眼」
・・・僕の意志の薄弱なのにも困るかも知れないが、君の意志の強固なのにも辟易するよ。うちを出てから、僕の云う事は一つも通らないんだからな。全く唯々諾々として命令に服しているんだ。豆腐屋主義はきびしいもんだね」「なにこのくらい強硬にしないと増長し・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・ それから二三日たって、そのフランドンの豚は、どさりと上から落ちて来た一かたまりのたべ物から、(大学生諸君、意志を鞏固にもち給たべ物の中から、一寸細長い白いもので、さきにみじかい毛を植えた、ごく率直に云うならば、ラクダ印の歯磨楊子、それ・・・ 宮沢賢治 「フランドン農学校の豚」
・・・リアリズムは、人間の生きる社会とその階級の歴史と個人の複雑な発展の諸関係を、社会の歴史と個人の諸要因の綜合的な動きそのものの中で現実的に掴もうとする本質によって、文学の最も強固な手法である。リアリズムが人間の芸術表現にとって大地のような性質・・・ 宮本百合子 「新しい文学の誕生」
・・・われわれの努力は、より強固にされ、明確にされた政治性――党派性によって客観的に現実を理解し、文学運動においてつかむべき当面の環をはっきり知り、それを基準として全同盟の組織活動を整理し、深め、より精力的に企業・農村の大衆の中へ活動することに払・・・ 宮本百合子 「一連の非プロレタリア的作品」
・・・文学において謙虚にまた強固に自己を大衆のなかなるものとして拡大しておかなかったからである。 私たちは、今度の戦争において、わずか十六七歳の若者が、どんなにして死んでいったかを知っている。どれだけの父親、兄、夫が死んだかそれを知っている。・・・ 宮本百合子 「歌声よ、おこれ」
出典:青空文庫