・・・そして未知の世界を知ろうとする強烈な好奇心が安子の肩と胸ではげしく鳴っていた。 やがてその部屋を出てゆく時、安子は皆が大騒ぎをしていることって、たったあれだけのことか、なんだつまらないと思ったが、しかし翌日、安子は荒木に誘われるままに家・・・ 織田作之助 「妖婦」
・・・て飲むというような大腹中の人には、馬琴の小説はイヤに偏屈で、隅から隅まで尺度を当ててタチモノ庖丁で裁ちきったようなのが面白くなくも見えましょうが、それはそれとして置いて、馬琴の大手腕大精力と、それから強烈な自己の道義心と混淆化合してしまった・・・ 幸田露伴 「馬琴の小説とその当時の実社会」
・・・などをお書きになっていらした頃は、文学者の孤独または小説の道の断橋を、凄惨な程、強烈に意識なされていたのではなかろうか。 四十歳近い頃の作品と思われるが、その頃に突きあたる絶壁は、作家をして呆然たらしめるものがあるようで、私のような下手・・・ 太宰治 「『井伏鱒二選集』後記」
・・・私の世界観がそう教えたのだ。強烈なアンチテエゼを試みた。滅亡するものの悪をエムファサイズしてみせればみせるほど、次に生れる健康の光のばねも、それだけ強くはねかえって来る、それを信じていたのだ。私は、それを祈っていたのだ。私ひとりの身の上は、・・・ 太宰治 「姥捨」
・・・ 死ぬのは悲しいという念よりもこの苦痛に打ち克とうという念の方が強烈であった。一方にはきわめて消極的な涙もろい意気地ない絶望が漲るとともに、一方には人間の生存に対する権利というような積極的な力が強く横たわった。 疼痛は波のように押し・・・ 田山花袋 「一兵卒」
十二月始めのある日、珍しくよく晴れて、そして風のちっともない午前に、私は病床から這い出して縁側で日向ぼっこをしていた。都会では滅多に見られぬ強烈な日光がじかに顔に照りつけるのが少し痛いほどであった。そこに干してある蒲団から・・・ 寺田寅彦 「浅草紙」
・・・小松のみどりが強烈な日光に照らされて樹脂中の揮発成分を放散するのであろう。この匂いを嗅ぐと、少年時代に遊び歩いた郷里の北山の夏の日の記憶が、一度に爆発的に甦って来るのを感じる。 宿に落着いてから子供等と裏の山をあるいていると、鶯が鳴き郭・・・ 寺田寅彦 「浅間山麓より」
・・・支那人の生活には強烈なる色彩の美がある。街を歩いている支那の商人や、一輪車に乗って行く支那婦人の服装。辻々に立っている印度人の巡査が頭に巻いている布や、土耳古人の帽子などの色彩。河の上を往来している小舟の塗色。これに加うるに種々なる不可解の・・・ 永井荷風 「十九の秋」
・・・二君の好意を空しくせまいと思っても悲しい哉時は早や過去ったようである。強烈な電燈の光に照出される昭和の世相は老眼鏡のくもりをふいている間にどんどん変って行く。この頃、銀座通に柳の苗木が植付けられた。この苗木のもとに立って、断髪洋装の女子と共・・・ 永井荷風 「正宗谷崎両氏の批評に答う」
・・・更に大自然の威力は気象の激変を駆って眇たる彼の恐怖心に強烈な圧迫を加えた。同時に其単純な生涯から葬り去った。犬の毛皮を貼った板は俯向に倒れて居た。そうして板の裏が僅かに焦げて居た。 長塚節 「太十と其犬」
出典:青空文庫