・・・「なにせあの時の北さんは、強行軍だったからなあ。」 北さんは淋しそうに微笑んだ。私は、たまらない気持だった。みんな私のせいなんだ。私の悪徳が、北さんの寿命をたしかに十年ちぢめたのである。そうして私ひとりは、相も変らず、のほほん顔。・・・ 太宰治 「帰去来」
・・・第一には電車の車掌なり監督なりが、定員の励行を強行する事も必要であるが、それよりも、乗客自身が、行き当たった最初の車にどうでも乗るという要求をいくぶんでも控えて、三十秒ないし二分ぐらいの貴重な時間を犠牲にしても、次のすいた電車に乗るような方・・・ 寺田寅彦 「電車の混雑について」
・・・ 最近十数年の間戦争を強行し、非常な迅さで崩壊の途を辿った今日までの日本で、新聞がどういうものであったかは、改めて云う必要さえもない。わたし達は本来の意味では新聞というものを持たずに、何年かを過させられたのであった。 ところで面白い・・・ 宮本百合子 「明日への新聞」
・・・侵略戦争を強行し、すべての人民を戦争目的に動員するために、日ごろの差別感情をとりのぞく必要が感じられたからであった。つまり、人権剥奪の最もはげしい形である戦争への召集のために、個々の存在抹殺としての身分平等化が行われたわけであった。朝鮮の人・・・ 宮本百合子 「新しいアカデミアを」
・・・一九二七・八年からあとの日本の社会は、戦争強行と人権剥奪へ向って人民生活が坂おとしにあった時期であり、そこに生じた激しい摩擦、抵抗、敗北と勝利の錯綜こそ、「伸子」続篇の主題であった。そういう主題の本質そのものが、当時の社会状態では表現不可能・・・ 宮本百合子 「あとがき(『二つの庭』)」
・・・太平洋戦争に突入する準備を強行していた日本絶対主義の軍事力は、極度に言論圧迫を行って、科学でも、文学でも、子供の歌まで侵略万能に統一した。情報局の陸海軍人が出版物統制にあたって、自分たちの書いたものを出版させて印税をむさぼりながらすべての平・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第五巻)」
・・・ したがって、ジャーナリズムにあらわれる程度の転向についてのすべての論議は、第一の問題である日本の天皇制ファッシズムと、戦争強行に裏づけられている治安維持法の批判、それへの反抗はあらわさなかった。その重要な社会的・階級的モメントをとばし・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第十巻)」
・・・ この評論集に書かれた内容、書かれざる内容をもたらしている八年の歳月は、プロレタリア文学運動が挫かれてのちの日本現代文学が、戦争の拡大と強行の政策に押しまくられて、爪先さがりにとめどもなく、ファシズムへの屈従に追いこまれて行った時代であ・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第十一巻)」
・・・ アメリカへの戦争準備を強行中の軍事力は専断のかぎりをつくした。情報局でこしらえたジャーナリストと役人との、執筆者リストのようなものを、そのころ偶然みたことがあった。それは、当時の輿論が、どんなにふみにじられたものであったかを証明した。・・・ 宮本百合子 「ある回想から」
・・・女なら女のことを解決するかもしれない、というぼんやりした婦人たちの期待は、時期尚早のうちに強行された選挙準備のうちに、決して、慎重に政党の真意を計るところまで高められようもなかった。連記制は、この未熟さに拍車をかけて、三名選挙するのなら、そ・・・ 宮本百合子 「一票の教訓」
出典:青空文庫