・・・たとえば大写しのヒロインの目の瞳孔の深い深い奥底からヒロイン自身が風船のように浮かび上がって出て来たり、踊り子の集団のまん中から一人ずつ空中に抜け出しては、それが弾丸のように観客のほうへけし飛んで来るようなトリックでも、芸術的価値は別問題と・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・一粒の草花の種子が発芽してから満開するまでの変化を数分の間に完了させることもできる一方では、また、弾丸が銃口を出て行く瞬間にこれに随伴する煙の渦環や音波の影の推移をゆるゆると見物することもできる。眠っているように思っている植物が怪獣のごとく・・・ 寺田寅彦 「映画の世界像」
・・・今かりに大弾丸の空裏を飛ぶ様を写すとする。するとこれを見る方に二通りある。一は単に感覚的で、第一に述べたような場合に属する。一はこの感覚的なるものを通して非常に猛烈な勢――ただの勢では写す事もどうする事もできんから――をあらわす。すると弾丸・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・そこで鋼鉄の弾丸と一緒になって、細く細く、はげしい音に呪の声を叫びながら、砕かれました。そうして焼かれて、立派にセメントとなりました。 骨も、肉も、魂も、粉々になりました。私の恋人の一切はセメントになってしまいました。残ったものはこの仕・・・ 葉山嘉樹 「セメント樽の中の手紙」
・・・今走者と球との関係を明かにせんに走者はただ一人敵陣の中を通過せんとするがごとき者、球は敵の弾丸のごとき者なり。走者は正方形の四辺を一周せんとする者にして一歩もこの線外に出ずるを許さずしかしてこの線上において一たび敵の球に触るれば立どころに討・・・ 正岡子規 「ベースボール」
・・・ドーン、グララアガア、ドーン、グララアガア、ドーン、グララアガア、ところが弾丸は通らない。牙にあたればはねかえる。一疋なぞは斯う言った。「なかなかこいつはうるさいねえ。ぱちぱち顔へあたるんだ。」 オツベルはいつかどこかで、こんな文句・・・ 宮沢賢治 「オツベルと象」
・・・ そのとき俄かに向うから、黒い尖った弾丸が昇って、まっ先きの雁の胸を射ました。 雁は二、三べん揺らぎました。見る見るからだに火が燃え出し、世にも悲しく叫びながら、落ちて参ったのでございます。 弾丸がまた昇って次の雁の胸をつらぬき・・・ 宮沢賢治 「雁の童子」
・・・これまで文学の仕事というものは、今日にあっても室生氏が未だ業ならざる者は弾丸に当って死ぬがまし、と云っても自身その言葉に赤面しないですんでいるような、特殊な専門的修練を経て成り上った少数者の技術のように考えられていた。しかし、それならばと云・・・ 宮本百合子 「明日の言葉」
・・・あわれに打ちくだかれた骨の正しい手当、また傷の中の小銃弾や大砲の弾丸の破片をX光線の透写によって発見する装置が、この恐ろしい近代戦になくてもよいのであろうか。 キュリー夫人は科学上の知識から、大規模の殺戮が何を必要としているかを見た。罪・・・ 宮本百合子 「キュリー夫人」
・・・彼の眼前で彼の率いた一兵卒が、弾丸に撃ち抜かれて顛倒した。彼はその銃を拾い上げると、先登を切って敵陣の中へ突入した。彼に続いて一大隊が、一聯隊が、そうして敵軍は崩れ出した。ナポレオンの燦然たる栄光はその時から始まった。だが、彼の生涯を通して・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
出典:青空文庫