・・・ 三日経つと当の軽部がやってきた。季節はずれの扇子などを持っていた。ポマードでぴったりつけた頭髪を二三本指の先で揉みながら、「じつはお宅の何を小生の……」 妻にいただきたいと申し出でた。 金助がお君に、お前は、と訊くと、お君・・・ 織田作之助 「雨」
・・・ 忘れもせぬ、……お前も忘れてはおるまい、……青いクロース背に黒文字で書名を入れた百四十八頁の、一頁ごとに誤植が二つ三つあるという薄っぺらい、薄汚い本で、……本当のこともいくらか書いてあったが、……いや、それ故に一層お前は狼狽して、莫迦・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・ 最も残念だったのは藤沢さんであろうと、書いたが、しかし、それよりも残念だったのは当の武田さん自身であったろう。死に切れなかったろうと思う。不死身の麟太郎といわれていた。武田さんもそれを自信していた。まさか死ぬとは思わなかったであろう。・・・ 織田作之助 「武田麟太郎追悼」
・・・彼女は八つになるのだが、私はその時分も冬の寒空を当もなく都会を彷徨していた時代だったが、発表する当のない「雪おんな」という短篇を書いた時ちょうど郷里で彼女が生れたので、私は雪子と名をつけてやった娘だった。私にはずいぶん気に入りの子なのだが、・・・ 葛西善蔵 「父の出郷」
・・・その原因を臆測するにもまたその正否を判断するにも結局当の自分の不安の感じに由るほかはないのだとすると、結局それは何をやっているのかわけのわからないことになるのは当然のことなのだったが、しかしそんな状態にいる吉田にはそんな諦めがつくはずはなく・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
・・・普通妥当の真理への忠実公正というだけでなく、同時代への愛、――実にそのためにニイチェのいわゆる没落を辞さないところの、共存同胞のための自己犠牲を余儀なくせしめらるる「熱き腸」を持たねばならない。彼は永遠の真理よりの命令的要素のうながしと、こ・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・あまりにも失礼な、恐しい質問なので、言いかけた当の私が、べそをかいた。「きのう迄は、あったんだよ。要らなくなったから、売っちゃった。シャツなら、あるさ。」と無邪気な口調で言って、足もとの草原から、かなり上等らしい駱駝色のアンダアシャツを・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・ 目的の当の相手にだけ、あやまたず命中して、他の佳い人には、塵ひとつお掛けしたくないのだ。私は不器用で、何か積極的な言動に及ぶと、必ず、無益に人を傷つける。友人の間では、私の名前は、「熊の手」ということになっている。いたわり撫でるつもり・・・ 太宰治 「作家の像」
・・・私が、つい先刻、酒の店で、もっとこの人たちに対して尊敬の念を抱くべきであると厳粛に考えた、その当の産業戦士の一人である。その人から、私は数秒後には、ありがとう、すみません、という叮嚀なお礼を言われるにきまっているのだ。恐縮とか痛みいるなどの・・・ 太宰治 「作家の手帖」
・・・ ツェッペリン飛行船などでも、最初から何度となく苦い失敗を重ねたにかかわらず、当の責任者のツェッペリン伯は決して切腹もしなければ隠居もしなかった。そのおかげでとうとういわゆるツェッペリンが物になったのである。もしも彼がかりにわが日本政府・・・ 寺田寅彦 「災難雑考」
出典:青空文庫