・・・だから評し尽したのだか、まだ残っているのか当人にも判然しない。西洋も日本も同じ事である。 これらの条項を遺憾なく揃えるためには過去の文学を材料とせねばならぬ。過去の批評を一括してその変遷を知らねばならぬ。したがって上下数千年に渉って抽象・・・ 夏目漱石 「作物の批評」
・・・政府のためを謀れば、はなはだ不便利なり、当人のためを謀れば、はなはだ不了簡なり。今の学者は政府の政談の外に、なお急にして重大なるものなしと思うか。 手近くここにその一、二を示さん。学者はかの公私に雇われたる外国人を見ずや。この外国人は莫・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
・・・婚姻はもとより当人の意に従て適不適もあり、また後日生計の見込もなき者と強いて婚すべきには非ざれども、先入するところ、主となりて、良偶を失うの例も少なからず。親戚朋友の注意すべきことなり。一度び互に婚姻すればただ双方両家の好のみならず、親戚の・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・僕らから見ると哲学者どもの色々言って居る事は、言って居る当人にも本統に分からないのでないかと思う。それで僕はこんなむつかしい事は知らぬが、この宇宙間には原因結果の関係という必然の真理があって、宇宙のものすべて固よりわれわれ人間までも、この真・・・ 正岡子規 「病牀苦語」
・・・ はははは、滅多にそれこそあることではない。当人同士は、けろりとけんかも忘れ、睦じく抱っこ寝んねしている間に、傍のおみささんは娘の手を引っぱって逃げ歩き、とばちりを受けて私まで一晩中まんじりともしなかったとは! ははは、思えば思う程おかしく・・・ 宮本百合子 「田舎風なヒューモレスク」
・・・ かついでいる当人のコムソモールも大いにこの人気は満足らしい。大ニコニコで、盛んに社会的清掃をつづけながら遠ざかった。 自動車工場「アモ」のデモは別の趣好だ。幾流もの横旗の上に小さい自動車が一台ゆれてくる。みんなの目の前でパラリとそ・・・ 宮本百合子 「インターナショナルとともに」
・・・この弥一右衛門は家中でも殉死するはずのように思い、当人もまた忠利の夜伽に出る順番が来るたびに、殉死したいと言って願った。しかしどうしても忠利は許さない。「そちが志は満足に思うが、それよりは生きていて光尚に奉公してくれい」と、何度願っても、同・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・殊に可笑しいのは、その造り事を言った当人が、それを言ってからは四畳半がこわくなって、とうとう一度は四畳半の中で、本当に泣声がしたように思って、便所の帰りに大声を出して人を呼んだことがあったのである。 * * ・・・ 森鴎外 「心中」
・・・特に青春の時期にある当人にとっては、それは全然見当のつかない、また特別の意義がありそうにも思えない、未知数に過ぎないのです。それが初めから飲み込めているほどなら、青春は危機ではありません。その代わり新緑のような溌剌としたいのちもないでしょう・・・ 和辻哲郎 「すべての芽を培え」
・・・それは当人も気づいていて、「おれは日本語の丁寧な言葉ってものを一つも知らないんだよ。だから日本から来たヘル・ドクトルの連中に初めて逢って口をきくと、みんな変な顔をするんだ」と言っていたことがある。この純一君と話しているうちに、漱石の話がたび・・・ 和辻哲郎 「漱石の人物」
出典:青空文庫