・・・――この、お町の形象学は、どうも三世相の鼇頭にありそうで、承服しにくい。 それを、しかも松の枝に引掛けて、――名古屋の客が待っていた。冥途の首途を導くようじゃありませんか、五月闇に、その白提灯を、ぼっと松林の中に、という。……成程、もの・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・ 抽象映画 スウェーデンの一画家がはじめた抽象映画は、幾何学的形象の運動の連鎖であって「動く装飾」と言われている。これは聴覚に関する音楽から類推して視覚的音楽を作ろうという意図から起こったものであろうが、これはおそら・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
ここでかりに「縞模様」と名づけたのは、空間的にある週期性をもって排列された肉眼に可視的な物質的形象を引っくるめた意味での periodic pattern の義である。こういう意味ではいわゆる定常波もこの中に含まれてもいい・・・ 寺田寅彦 「自然界の縞模様」
・・・しかしこの音楽はワグネルの組織ともドビュッシイの法式とも全く異ってその土地に生れたものの心にのみ、その土地の形象が秘密に伝える特種の芸術の囁きともいうべきであったろう。 已に半世紀近き以前一種の政治的革命が東叡山の大伽藍を灰燼となしてし・・・ 永井荷風 「霊廟」
・・・文学としてのギリシャ神話は宇宙の壮大と美麗と威力とへの関心を当時の都市の形成を反映している神とその人間ぽい生活感情で形象していて面白い。イギリスの十九世紀初頭の詩人画家であったウィリアム・ブレークが、独特な水色や紅の彩色で森厳に描いた人格化・・・ 宮本百合子 「科学の常識のため」
・・・されることについて、私たちの日常生活は切れない影響をうけているのだから、それらは芸術化されなければならず、更にこういう主題こそ一層の形象化、具体性を必要とすると思われます。詩人の間に諷刺詩の制作の要求がおこっていることは、今日私たちが取りく・・・ 宮本百合子 「歌集『集団行進』に寄せて」
・・・ 実際に職場のなかへ入って労働者の建設的な生活に混り、それを観察することによって、熱心なプロレタリア芸術家たちは、自分たちがまだ現実の複雑な姿をその根源にまで突入って形象化する弁証法的な手法を充分に獲得していないことをハッキリ自覚したの・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・文学における表現の形象性と云えば、重ね引出しを整理したら、そのことについて、あなたが中途でやめておおきになった古い、多分三四年昔の原稿が出て、その一枚を私は黒い細い枠に入れ、こうやってかいている机の横の壁にかけて居ります。わきの小窓にかかっ・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ プロレタリア作家の文学に於ける任務は、その芸術の中で、今日やかましい大衆の問題を正当に理解し表現して行くこと、芸術に於ける民族的な特徴を広い偏見のない目で現実の中に見極めて形象化してゆくこと、及び芸術作品に描かれる人間性というものに就・・・ 宮本百合子 「今日の文学の鳥瞰図」
・・・また、そういう希望をもつものもなくて、反対に否応なく接触面はひろげられつつある。形象的にひろがりながら、文学の精神の表情は、何ものかに対して辞を低うするのが常識であるかのようになっているとすればその間の心理は一ひねり二ひねりしたものともなら・・・ 宮本百合子 「作品の主人公と心理の翳」
出典:青空文庫