・・・そればかりでなく、彼はまた曲線的なるゴチック式の建築が能くかの民族の性質を伝るように、この方形的なる霊廟の構造と濃厚なる彩色とは甚だよく東洋固有の寂しく、驕慢に、隔離した貴族思想を説明してくれる事を喜んだ。なおそれのみに止まらず、紅雨は門と・・・ 永井荷風 「霊廟」
・・・この頃になって彩色の妙味を悟ったので、彩色絵を画いて見たい、と戯れにいったら、不折君が早速絵具を持って来てくれたのは去年の夏であったろう。けれどもそれも棚にあげたままで忘れて居た。秋になって病気もやや薄らぐ、今日は心持が善いという日、ふと机・・・ 正岡子規 「画」
・・・桟橋の句が落ちつかぬのは余り淡泊過ぎるのだから、今少し彩色を入れたら善かろうと思うて、男と女と桟橋で別を惜む処を考えた。女は男にくっついて立って居る。黙って一語を発せぬ胸の内には言うに言われぬ苦みがあるらしい。男も悄然として居る。人知れず力・・・ 正岡子規 「句合の月」
・・・ミイラにも二種類あるが、エジプトのミイラというやつは死体の上を布で幾重にも巻き固めて、土か木のようにしてしまって、其上に目口鼻を彩色で派手に書くのである。其中には人がいるのには違いないが、表面から見てはどうしても大きな人形としか見えぬ。自分・・・ 正岡子規 「死後」
・・・それも苦しいのでその夜はそれを擲ってしもうたが、翌日になって見ると一枝の花を裏と表と両面から書いてあったのがちょっと面白かったので、それに改めてゾンザイな彩色を加えまた別にげんげんの花を二輪と、チンノレイヤという花とを書き添えた。このチンノ・・・ 正岡子規 「病牀苦語」
・・・イギリスの十九世紀初頭の詩人画家であったウィリアム・ブレークが、独特な水色や紅の彩色で森厳に描いた人格化された天の神秘的な版画も、宇宙に向ってのロマンティックな一種の絵として面白いものだったと思う。 岩波新書で出ている中谷宇吉郎氏の「雪・・・ 宮本百合子 「科学の常識のため」
・・・東洋、西洋、地球上のいろんな民族のプロレタリアートが独特の服装、風景、方法で、その民族独特の生産に従っているところを、明快な彩色画で説明したものである。綿花を栽培し、織物工場で働く耳輪だけ大きい痩せたインド人の後に、ヘルメット帽をかぶり、鼻・・・ 宮本百合子 「子供・子供・子供のモスクワ」
・・・幅のせまい、濃い緑、赤黄などで彩色した轎型の轅の間へ耳の立った驢馬をつけ、その轡をとって、風にさからい、背中を丸め、長着の裾を煽られながら白髯の老人がトボトボ進んで行く。――四辺の荒涼とした風景にふさわしい絵画的な印象であった。 やがて・・・ 宮本百合子 「石油の都バクーへ」
○ 或る芝生に、美くしく彩色をした太鼓が一つ転っていた。子供が撥を取りに彼方へ行っている間、太鼓は暖い日にぬくまりながら、自分の美くしさと大きさとを自慢していた。 すると丁度その時頭の上を飛・・・ 宮本百合子 「一粒の粟」
・・・午後の三時になると彩色された処女の波が溢れ出した。その横は風呂屋である。ここではガラスの中で人魚が湯だりながら新鮮な裸体を板の上へ投げ出していた。その横は果物屋だ。息子はペタルを踏み馴らした逞しい片足で果物を蹴っていた。果物屋の横には外科医・・・ 横光利一 「街の底」
出典:青空文庫