・・・ 移り変りに重点をおく、という現象への人間の適応を辿る生態描写には、生存の跡はうつせても生活は彫り出しきれない。一つの移りから次の移りそのものの肯定はあって、動きの現実がもっている評価は作家の内部的なものとの連関において考えられていない・・・ 宮本百合子 「今日の文学の諸相」
・・・そういう文章は、なるほどこの人はこんな心持でいるということだけは分らせるけれど、ルポルタージュとして今日の社会に生きる一人の女性とその周囲とのいきさつを丸彫りに浮び上らせて来ないから、読んだ人がそこから自分と自分の周囲を考えるヒントを得て来・・・ 宮本百合子 「新女性のルポルタージュより」
・・・過去の日本の若いプロレタリア文学運動が顕著な弱点として持っていた題材、主題や様式などの単一性に対して、熱心に現実の多様な錯雑をさながら丸彫りとして芸術化そうとする方向に一致して努力されていることも認められる。これらの特長はこの座談会を流れて・・・ 宮本百合子 「新年号の『文学評論』その他」
・・・これらの、ロシア的情熱に燃え、つよい意志をもった新時代のチャンピオンたちは、本当にどんな感想で、あまり単純でロマンティックなエレーナを、或は何か非現実的で丸彫りでないマリアンナを、自分たちの激しい前進的な生活とひきくらべつつ読んだであろうか・・・ 宮本百合子 「ツルゲーネフの生きかた」
・・・卓子の上には切りたての鵞ペンと銀の透し彫りの墨壺がのって居る。部屋全体に紫っぽい光線が差し込んで前幕と同じ日の夕方近くの様子。幕が上る。しばらくの間舞台は空虚。細くラッパの音が響く。中央の大きな扉が音もなく左右に開き真赤・・・ 宮本百合子 「胚胎(二幕四場)」
・・・は全く一つのつよくやさしい階級の心情を丸彫りしたものとなったであろう。「風雲」について見る場合、作者の意企が作品に形象化され切らなかったという意味で、どちらかといえば失敗の作となっている。このことは作者自身も恐らく同感であろうと想像する・・・ 宮本百合子 「文学における古いもの・新しいもの」
・・・ 大衆は、作品の中にほんとに俺たちの前衛を丸彫りに見出したか? 公平に批判して、そうだとはいえない。変ではないか。作品の中に引用されているビラ一枚だって、偽ものはないんだぞ。みんな、闘争の現場から貪慾に集められたものだ。ストライキの発端・・・ 宮本百合子 「文芸時評」
・・・ この事情は、クラブの社会的な存在意義というものを、いつとはなしくっきりと彫り出して来た。これからは、益々いろいろな文化団体との連繋もふえ、活動の面もふえ、若い新鮮なクラブ員の能力が十分発揮されるようになって来るだろう。これはうれしいこ・・・ 宮本百合子 「三つの民主主義」
・・・光った藁のような金星銀星その他無数の星屑が緑や青に閃きあっている中程に、山の峰や深い谿の有様を唐草模様のように彫り出した月が、鈍く光りを吸う鏡のように浮んでいます。白鳥だの孔雀だのという星座さえそこにはありました。凝っと視ていると、ひとは、・・・ 宮本百合子 「ようか月の晩」
・・・そういう相対的な観念を躍り越え、いきなりぐっと生のままの男性に迫り、深い理解、観照を以て心や体を丸彫りにする場合は尠い。理解や観照は対象を愛することから生ずる。好奇心を刺戟されることから起る。そして見ると、女性は、男性が女性を愛すように男を・・・ 宮本百合子 「わからないこと」
出典:青空文庫