・・・「妙、妙、そこを彫るのだ、そこだ、なるほど号外の題はおもしろい、なるほど加藤君は号外だ、人間の号外だ、号外を読む人間の号外だ」と中倉翁は感心した声を出す。「そこと言うのは」加藤男が聞く。「そことは君が号外を前へ置いてひどくがっか・・・ 国木田独歩 「号外」
・・・陽炎燃ゆる黒髪の、長き乱れの土となるとも、胸に彫るランスロットの名は、星変る後の世までも消えじ。愛の炎に染めたる文字の、土水の因果を受くる理なしと思えば。睫に宿る露の珠に、写ると見れば砕けたる、君の面影の脆くもあるかな。わが命もしかく脆きを・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・今でも仁王を彫るのかね。へえそうかね。私ゃまた仁王はみんな古いのばかりかと思ってた」と云った男がある。「どうも強そうですね。なんだってえますぜ。昔から誰が強いって、仁王ほど強い人あ無いって云いますぜ。何でも日本武尊よりも強いんだってえか・・・ 夏目漱石 「夢十夜」
・・・\てこゝに行き行く夏野かな朝霧や杭打つ音丁々たり帛を裂く琵琶の流れや秋の声釣り上げし鱸の巨口玉や吐く三径の十歩に尽きて蓼の花冬籠り燈下に書すと書かれたり侘禅師から鮭に白頭の吟を彫る秋風の呉人は知らじふぐと汁・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・句や歌を彫る事は七里ケッパイいやだ。もし名前でも彫るならなるべく字数を少くして悉く篆字にしてもらいたい。楷書いや。仮名は猶更。〔『ホトトギス』第二巻第十二号 明治32・9・10〕 正岡子規 「墓」
・・・先生が世界に又とない彫物師で、人の体を彫る人だということは、お前も知っているだろう。そこで相談があるのだ。一寸裸になって見せては貰われまいかと云っているのだ。どうだろう。お前も見る通り、先生はこんなお爺いさんだ。もう今に七十に間もないお方だ・・・ 森鴎外 「花子」
出典:青空文庫