・・・これは友人滝君が京都大学で本邦美術史の講演を依託された際、聴衆に説明の必要があって、建築、彫刻、絵画の三門にわたって、古来から保存された実物を写真にしたものであるから、一枚一枚に観て行くと、この方面において、わが日本人が如何なる過去をわれわ・・・ 夏目漱石 「『東洋美術図譜』」
・・・この種々な物を彫刻家が刻んだ時は、この種々な物が作者の生々した心持の中から生れて来て、譬えば海から上った魚が網に包まれるように、芸術の形式に包まれた物であろう。己はお前達の美に縛せられて、お前達を弄んだお蔭で、お前達の魂を仮面を隔てて感じる・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・ もしもほんの少しのはり合で霧を泳いで行くことができたら一つの峯から次の巌へずいぶん雑作もなく行けるのだが私はやっぱりこの意地悪い大きな彫刻の表面に沿ってけわしい処ではからだが燃えるようになり少しの平らなところではほっと息をつきながら地・・・ 宮沢賢治 「マグノリアの木」
・・・ フランス現代美術展覧会に陳列されたロダンの彫刻数点、クローデル嬢の作品も、深い感激を与えたものです。 読んだものの中では、「神曲」、ゲーテの作品数種。 印象の種類から云えば、まるで其等のものとは異いますが、先達て中、二科にあっ・・・ 宮本百合子 「外来の音楽家に感謝したい」
・・・ 現実のその苦しさから、意識を飛躍させようとして、たとえばある作家の作品に描かれているように、バリ島で行われている原始的な性の祭典の思い出や南方の夜のなかに浮きあがっている性器崇拝の彫刻におおわれた寺院の建物の追想にのがれても、結局・・・ 宮本百合子 「傷だらけの足」
・・・彼は高価な寝台の彫刻に腹を当てて、打ちひしがれた獅子のように腹這いながら、奇怪な哄笑を洩すのだ。「余はナポレオン・ボナパルトだ。余は何者をも恐れぬぞ、余はナポレオン・ボナパルトだ」 こうしてボナパルトの知られざる夜はいつも長く明けて・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
・・・翌朝眼が醒めてから子はその夢の中の顔をどうかして彫刻したくなって来た。そこで二ヶ月もかかって漸く彫刻仕上げたとき、父親に見つけられて了った。父は子の造ったその仮面を見ると実に感心をしたのである。「これはよく出来とる。」 そこで、子は・・・ 横光利一 「夢もろもろ」
・・・と徳蔵おじにいわれて、オジオジしながら二タ足三足、奥さまの御寝なってるほうへ寄ますと、横になっていらっしゃる奥様のお顔は、トント大理石の彫刻のように青白く、静な事は寝ていらっしゃるかのようでした。僕はその枕元にツクネンとあっけにとられて眺め・・・ 若松賤子 「忘れ形見」
・・・そこの小家はいずれも惚れ惚れするような編み細工や彫刻で構成せられた芸術品であった。男は象眼のある刃や蛇皮を巻いたの鉄の武器、銅の武器を持たぬはなかった。びろうどや絹のような布は至る処で見受けられた。杯、笛、匙などは、どこで見ても、ヨーロッパ・・・ 和辻哲郎 「アフリカの文化」
・・・暇さえあると古い彫刻と対坐していつまでもいつまでもじっとしている。 一八七九年、ようやく二十を越したばかりのデュウゼは旅役者の仲間に加わってナポリへ行き、初めてテレエゼの役をつとめたが、二三日たつと彼女の名はすでに全イタリーに広まってい・・・ 和辻哲郎 「エレオノラ・デュウゼ」
出典:青空文庫