・・・「今の僕なら、どうせ、役場の書記ぐらいで満足しとるのやもの、徴兵の徴の字を見ても、ぞッとする程の意気地なしやけど、あの時のことを思うたら、不思議に勇気が出たもんや。それも大勢のお立て合う熱に浮されたと云うたら云えんこともなかろう。もう、死ん・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・ 女房は真っ直に村役場に這入って行ってこう云った。「あの、どうぞわたくしを縛って下さいまし、わたくしは決闘を致しまして、人を一人殺しました。」 それを聞いた役場の書記二人はこれまで話に聞いた事もない出来事なので、女房の顔を見て微笑ん・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・ 施薬をうけるものは、区役所、町村役場、警察の証明書をもって出頭すべし、施薬と見舞金十円はそれぞれ区役所、町村役場、警察の手を通じて手交するという煩雑な手続きを必要とした魂胆に就いては、しばらくおくとしても、あの仰々しい施薬広告はいった・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・ 人々は非常に奔走して、二十人の生徒に用いられるだけの机と腰掛けとを集めた、あるいは役場の物置より、あるいは小学校の倉の隅より、半ば壊れて用に立ちそうにないものをそれぞれ繕ってともかく、間に合わした。 明日は開校式を行なうはずで、豊・・・ 国木田独歩 「河霧」
・・・ 五 村役場から、税金の取り立てが来ていたが、丁度二十八日が日曜だったので、二十九日に、源作は、銀行から預金を出して役場へ持って行った。もう昨日か、一昨日かに村の大部分が納めてしまったらしく、他に誰れも行っていなかっ・・・ 黒島伝治 「電報」
・・・こゝの長屋ではモウ一月も仕事がなければ、みんなで役場へ出かけて行くと云っています。そうすれば、きっと日本もロシアみたいになります。 どうぞ、お願いします。 この手紙を、私のところへよく話しにくる或る小学教師が持って来た。高等科一・・・ 小林多喜二 「級長の願い」
・・・「それでしかたがないもんだから、とうとのこのこ役場へやって行ったんでした。くるくる坊主ですねここの村長は」「ええ、ほほほ」「そしたらあの人が親切に心配してくれたんです」「そしてここの小母さんに、私は母というものがないんだから・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・ 女房は真っ直に村役場に這入って行ってこう云った。「あの、どうぞわたくしを縛って下さいまし、わたくしは決闘を致しまして、人を一人殺しました。」 第五 決闘の次第は、前回に於いて述べ尽しました。けれども物語は、それで・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・戸籍名なんて言葉が、いま出たから、それにちなんで町役場の戸籍係りという事にしてもよい。何だってかまわぬ。テーマは出来ているのだから、あとは津島の勤め先に応じて、筋書の肉附けを工夫して行けばよい。 津島修治は、東京都下の或る町の役場に勤め・・・ 太宰治 「家庭の幸福」
・・・彼は、役場に用事があった時、戸籍係に、沢や婆さんの戸籍を調べて貰った。彼は三十四年目で始めて、彼女が有坂イサヲと云う姓名で、籍は二里近く離れた柳田村にあることを知った。 此那奇蹟的関心が沢や婆に払われるには原因があった。仙二の家の納屋を・・・ 宮本百合子 「秋の反射」
出典:青空文庫