・・・私が知ってからの彼の生活は、ほんの御役目だけ第×銀行へ出るほかは、いつも懐手をして遊んでいられると云う、至極結構な身分だったのです。ですから彼は帰朝すると間もなく、親の代から住んでいる両国百本杭の近くの邸宅に、気の利いた西洋風の書斎を新築し・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・あの男は勿論役目のほかは、何一つ知らぬ木偶の坊じゃ。おれもあの男は咎めずとも好い。ただ罪の深いのは少将じゃ。――」 俊寛様は御腹立たしそうに、ばたばた芭蕉扇を御使いなさいました。「あの女は気違いのように、何でも船へ乗ろうとする。舟子・・・ 芥川竜之介 「俊寛」
・・・いったい監査役というものが単に員に備わるというような役目なのか、それとも実際上の威力を営利事業のうえに持っているものなのかさえ本当に彼にははっきりしていなかった。また彼の耳にはいる父の評判は、営業者の側から言われているものなのか、株主の側か・・・ 有島武郎 「親子」
・・・私は産室に降りていって、産婦の両手をしっかり握る役目をした。陣痛が起る度毎に産婆は叱るように産婦を励まして、一分も早く産を終らせようとした。然し暫くの苦痛の後に、産婦はすぐ又深い眠りに落ちてしまった。鼾さえかいて安々と何事も忘れたように見え・・・ 有島武郎 「小さき者へ」
・・・「だって嫌なお役目ですからね。事によったら御気分でもお悪くおなりなさいますような事が。」奥さんはいよいよたじろきながら、こう弁明し掛けた。 フレンチの胸は沸き返る。大声でも出して、細君を打って遣りたいようである。しかし自分ながら、な・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・かりもおられず、憎んでばかりもおられず、いまいましく片意地に疳張った中にも娘を愛する念も交って、賢いようでも年が若いから一筋に思いこんで迷ってるものと思えば不愍でもあるから、それを思い返させるのが親の役目との考えもないではない。 夕飯過・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・当時の印刷局長得能良介は鵜飼老人と心易くしていたので、この噂を聞くと真面目になって心配し、印刷局へ自由勤めとして老人を聘して役目で縛りつけたので、結局この計画は中止となり、高橋の志道軒も頓挫してしまった。マジメに実行するツモリであったかドウ・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・この煎薬を調進するのが緑雨のお父さんの役目で、そのための薬味箪笥が自宅に備えてあった。その薬味箪笥を置いた六畳敷ばかりの部屋が座敷をも兼帯していて緑雨の客もこの座敷へ通し、外に定った書斎らしい室がなかったようだ。こんな長屋に親の厄介となって・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・「それは、やはり、人間の姿をしたものでなければ、この役目は、果たされないだろう。幸い、あの乞食の子を、にぎやかな街へやることにしよう。あの子には、俺も、おまえも、いろいろ世話をしてやったものだ。」「私は、あの子に、他所から、くつをく・・・ 小川未明 「あらしの前の木と鳥の会話」
・・・同時に若いものの勇気を鼓舞しなければならぬ役目をもっていました。彼は、風と戦い、山野を見下ろして飛んだけれど、ややもすると翼が鈍って、若いものに追い越されそうになるのでした。「おじいさん、ゆっくり飛びましょう。」 若いがんたちは、い・・・ 小川未明 「がん」
出典:青空文庫