・・・と軽い笑で、双方とも役者が悪くないから味な幕切を見せたのでした。 海には遊船はもとより、何の舟も見渡す限り見えないようになっていました。吉はぐいぐいと漕いで行く。余り晩くまでやっていたから、まずい潮になって来た。それを江戸の方に向って漕・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・に出て来る役者から見て来たらしい身ぶり、手まねが始まった。次郎はしきりに調子に乗って、手を左右に振りながら茶の間を踊って歩いた。「オイ、とうさんが見てるよ。」 と言って、三郎はそこへ笑いころげた。 私たちの心はすでに半分今の・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・ 舞台のない役者は存在しない。それは、滑稽である。 このごろだんだん、自分の苦悩について自惚れを持って来た。自嘲し切れないものを感じて来た。生れて、はじめてのことである。自分の才能について、明確な客観的把握を得た。自分の知識を粗末に・・・ 太宰治 「一日の労苦」
・・・なお、いまでは、役者も使うようになっている。曾我廼家五郎とか、また何とかいう映画女優などが、よくそんな言葉を使っている。どんなことをするのか見当もつかないけれども、とにかく、「勉強いたして居ります。」とさかんに神妙がっている様子である。彼等・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・人間の役者の扮した松王丸の中には、どうしても、その役者が隠れていて、しかも大いにのさばっているために、われわれは浄瑠璃の松王丸を見るかわりに俳優何某の松王丸しか見ることができないのであるが、この人形の松王丸となると、それが正真正銘の浄瑠璃の・・・ 寺田寅彦 「生ける人形」
・・・ 役者の選択についても同様である。舞台の名優は必ずしもフィルムの名優ではない。ロシア映画ではただのどん百姓が一流の名優として現われる。アメリカふうのスター映画でさえも、画面に時々しか顔を出さないエキストラのタイプの選択いかんによって画面・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・ 肌でもぬぎたいほど蒸し暑い日だったので、冬の衣裳をつけた役者はみな茹りきっていた。「勧進帳なんかむりだもんね。舞台も狭いし、ここじゃやはり腕達者な二三流どこの役者がいいだろう」「そうかもしれません」「鴈治郎はよくかけ声か何・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・その頃年少のわたくしがこの寺の所在を知ったのは宮戸座の役者たちが新比翼塚なるものに香華を手向けた話をきいた事からであった。新比翼塚は明治十二、三年のころ品川楼で情死をした遊女盛糸と内務省の小吏谷豊栄二人の追善に建てられたのである。(因にいう・・・ 永井荷風 「里の今昔」
・・・その後には二枚折の屏風に、今は大方故人となった役者や芸人の改名披露やおさらいの摺物を張った中に、田之助半四郎なぞの死絵二、三枚をも交ぜてある。彼が殊更に、この薄暗い妾宅をなつかしく思うのは、風鈴の音凉しき夏の夕よりも、虫の音冴ゆる夜長よりも・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・こう云うと、役者や見物を一概に罵倒するようでわるいから、ちょっと説明します。 この間帝国座の二宮君が来て、あなたの明治座の所感と云うものを読んだが、我々の神経は痲痺しているせいだか何だかあなたの口にするような非難はとうてい持ち出す余地が・・・ 夏目漱石 「虚子君へ」
出典:青空文庫