・・・ 斯う彼等の友達の一人が、Kが東京を発った後で云っていた。それほど彼はこの三四ヵ月来Kにはいろ/\厄介をかけて来ていたのであった。 この三四ヵ月程の間に、彼は三四の友人から、五円程宛金を借り散らして、それが返せなかったので、すべてそ・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・そしてそれが彼等の凱歌のように聞える――と云えば話になってしまいますが、とにかく非常に不快なのです。 電車の中で憂鬱になっているときの私の顔はきっと醜いにちがいありません。見る人が見ればきっとそれをよしとはしないだろうと私は思いました。・・・ 梶井基次郎 「橡の花」
・・・「ヤレ月の光が美だとか花の夕が何だとか、星の夜は何だとか、要するに滔々たる詩人の文字は、あれは道楽です。彼等は決して本物を見てはいない、まぼろしを見ているのです、習慣の眼が作るところのまぼろしを見ているに過ぎません。感情の遊戯です。哲学・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・僕は、トルストイや、ゴーゴリや、モリエールをよんで常に感じるのは、彼等は小説や戯曲を書くためにペンをとっていたのではない、ということである。彼等は、その時代の人間のため、生活のため、人生のために奮然としてペンをとっていたのである。彼等の思想・・・ 黒島伝治 「愛読した本と作家から」
・・・ 其実体には固より終始もなく生滅もなき筈である、左れど実体の両面たる物質と勢力とが構成し仮現する千差万別・無量無限の個々の形体に至っては、常住なものは決してない、彼等既に始めが有る、必ず終りが無ければならぬ、形成されし者、必ず破壊されね・・・ 幸徳秋水 「死生」
・・・ 夏の間彼等は棒頭にたゝきのめされながら「北海道拓殖のために!」山を崩した。熊のいる原始林を伐り開いて鉄道を敷設した。――だが、雪が降ると、それ等の仕事が出来なくなる。彼等は用がなくなるのだ。そうなると、汽車賃もくれないで、オツぽり出さ・・・ 小林多喜二 「北海道の「俊寛」」
・・・ 男等は一人逃げ二人逃げた。彼等は内の箪笥の抽斗にまだ幾らかの金を持っている人達で、もし無心でも言われてはならないと思ったのである。その外の男等は冷淡に踵を旋らして、もと来た道へ引き返した。頭を垂れて、唇を噛みながらゆるやかに引返した。・・・ 著:シュミットボンウィルヘルム 訳:森鴎外 「鴉」
・・・ 家の家畜小舎には、サーツバシとパングリと云う二匹の牝牛がいました。彼等は、唯の一度も、自分達の名が娘の唇から呼ばれるのを聞いた事はありませんでした。が、彼等はスバーの跫音を覚えていました。言葉にこそ云わないけれども、彼女は、いかにも可・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
・・・しかし、僕に死を禁ずるその同じ詭弁家が時には僕を死の前にさらしたり、死に赴かせたりするのだ。彼等の考え出すいろいろな革新は僕の周囲に死の機会を増し、彼等の説くところは僕を死に導き、または彼等の定める法律は僕に死を与えるのだ。」 織田君を・・・ 太宰治 「織田君の死」
・・・この点に関してユダヤ人の学者に注目して見るがいい。彼等は論理というものに力瘤を入れる。すなわち理法によって他の承諾を強要する。民族的反感からは信用したくない人でも、論理の前には屈伏しなければならない事を知っているから。」こう云ったニーチェの・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
出典:青空文庫