・・・彼の復讐の挙も、彼の同志も、最後にまた彼自身も、多分このまま、勝手な賞讃の声と共に、後代まで伝えられる事であろう。――こう云う不快な事実と向いあいながら、彼は火の気のうすくなった火鉢に手をかざすと、伝右衛門の眼をさけて、情なさそうにため息を・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
・・・ この話は我国に多かった奉教人の受難の中でも、最も恥ずべき躓きとして、後代に伝えられた物語である。何でも彼等が三人ながら、おん教を捨てるとなった時には、天主の何たるかをわきまえない見物の老若男女さえも、ことごとく彼等を憎んだと云う。これ・・・ 芥川竜之介 「おぎん」
・・・ポオの後代を震駭した秘密はこの研究に潜んでいる。 森鴎外 畢竟鴎外先生は軍服に剣を下げた希臘人である。 或資本家の論理「芸術家の芸術を売るのも、わたしの蟹の鑵詰めを売るのも、格別変りのある筈はない。し・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・ その思想と伎倆の最も円熟した時、後代に捧ぐべき代表的傑作として、ハムレットを捕えたシェクスピアは、人の心の裏表を見知る詩人としての資格を立派に成就した人である。一三 ハムレットには理智を通じて二つの道に対する迷いが現わ・・・ 有島武郎 「二つの道」
・・・とついに文永十一年五月宗門弘通許可状を下し、日蓮をもって、「後代にも有り難き高僧、何の宗か之に比せん。日本国中に宗弘して妨げあるべからず」という護法の牒を与えた。 けれども日蓮は悦ばず、正法を立せずして、弘教を頌揚するのは阿附である。暁・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・もしまた人生に、社会的価値とも名づけるべきものがあるとすれば、それは、長寿にあるのではなくて、その人格と事業とか、四囲および後代におよぼす感化・影響のいかんにあると信じていた。今もかく信じている。 天寿はとてもまっとうすることができぬ。・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・である、私は長寿必しも幸福ではなく、幸福は唯だ自己の満足を以て生死するに在りと信じて居た、若し、又人生に社会的価値とも名づくべきもの之れ有りとせば、其は長寿に在るのではなくて、其人格と事業とが四囲及び後代に及ぼす感化・影響の如何に在りと信じ・・・ 幸徳秋水 「死生」
・・・先日も、ある年少の友人に向って言った事だが、君は君自身に、どこかいいところがあると思っているらしいが、後代にまで名が残っている人たちは、もう君くらいの年齢の頃には万巻の書を読んでいるんだ、その書だって猿飛佐助だの鼠小僧だの、または探偵小説、・・・ 太宰治 「鉄面皮」
・・・ しかしなめらかな毛髪や顔や肉体の輪郭を基調とした線の音楽としてのほとんど唯一の形式は、やはり古い浮世絵の領域を踏み出す事は困難に思われる。後代の浮世絵の失敗の原因はこの領域を無理解に逸出した事にありはしないだろうか。 もしこの私の・・・ 寺田寅彦 「浮世絵の曲線」
・・・そういうものが後代に愛読され尊重されるのは、必ずしもそれが「文章」であるためではなくて、それが「記録」であるためであろう。殿上の名もない一女官がおぼつかない筆で書いた日記体のものでも、それが忠実な記録であるために実証的の価値があり同時にそこ・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
出典:青空文庫