・・・初めの半分はオラーフ・トリーグヴェスソンというノルウェーの王様の一代記で、後半はやはり同じ国の王であったが、後にセント・オラーフと呼ばれた英雄の物語である。 大概は勇ましくまた殺伐な戦闘や簒奪の顛末であるが、それがただの歴史とはちがって・・・ 寺田寅彦 「春寒」
・・・同じ写生帳の後半にはそこの寄宿舎や、日奈久温泉、三角港、小天の湯などの小景がある。日奈久の温泉宿で川上眉山著「鳰の浮巣」というのを読んだ事などがスケッチの絵からわかる。浴場の絵には女の裸体がある。また紋付きの羽織で、書机に向かって鉢巻きをし・・・ 寺田寅彦 「亮の追憶」
・・・「そうさな、前半は唄のつもりでもなかったんだが、後半に至って、つい唄になってしまったようだ」「屋根にかぼちゃが生るようだから、豆腐屋が馬車なんかへ乗るんだ。不都合千万だよ」「また慷慨か、こんな山の中へ来て慷慨したって始まらないさ・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・十四世紀の後半にエドワード三世の建立にかかるこの三層塔の一階室に入るものはその入るの瞬間において、百代の遺恨を結晶したる無数の紀念を周囲の壁上に認むるであろう。すべての怨、すべての憤、すべての憂と悲みとはこの怨、この憤、この憂と悲の極端より・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・その前半は黒板を前にして坐した、その後半は黒板を後にして立った。黒板に向って一回転をなしたといえば、それで私の伝記は尽きるのである。しかし明日ストーヴに焼べられる一本の草にも、それ相応の来歴があり、思出がなければならない。平凡なる私の如きも・・・ 西田幾多郎 「或教授の退職の辞」
・・・この小説が後半まで書き進められたとき、作者の心魂に今日のその顔が迫ることはなかったのだろうか。愛と死の現実には、歴史が響き轟いているのである。 武者小路氏はルオウの画がすきで、この画家が何処までも自分というものを横溢させてゆく精力を愛し・・・ 宮本百合子 「「愛と死」」
・・・一九二九年の後半期をフランス・ドイツ・イギリスで暮したわたしは、ふたたびモスクワへ帰って来たとき、どんなにつよくモスクワの生活に漂っているよろこびの感情に心をうたれたろう。フランスでも子供を見た。イギリスにも子供はどっさりいた。だけれども、・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第八巻)」
・・・ 特に率直にいえば、一九三二年の後半期に問題は一進している。林房雄や須井一などが一応プロレタリア文学の陣営に属すように見えつつ、実質においては非プロレタリア的な作品を量において多量生産し、しかもそれがブルジョア・ジャーナリズムにおいても・・・ 宮本百合子 「一連の非プロレタリア的作品」
・・・は、私たち素人の目では、前半、後半とテーマがわかれていた感じである。文芸映画としてのよりどころは、後半にあったと思うが、後半での妻の演技的迫力がもう一つ足りなかったので、誠意はあるにかかわらず心理的な動きのボリュームが減った。 この頃は・・・ 宮本百合子 「映画の恋愛」
・・・を折角訳された神近さんが、原本の後半をすこしのこして「物理の発達」という章を割愛されたというのは、残念千万なことだったと思う。物理のことが語られていたのなら、あるいは数学の発達の歴史の物語も、同じように割愛された頁の中に入っていたのではなか・・・ 宮本百合子 「科学の常識のため」
出典:青空文庫