・・・上げて来る潮で波が大まかにうねりを打って、船渠の後方に沈みかけた夕陽が、殆ど水平に横顔に照りつける。地平線に近く夕立雲が渦を巻き返して、驟雨の前に鈍った静かさに、海面は煮つめた様にどろりとなって居る。ドゥニパー河の淡水をしたたか交えたケルソ・・・ 有島武郎 「かんかん虫」
・・・「大丈夫でございますよ。後方が長浜、あれが弁天島。――自動車は後眺望がよく利きませんな、むこうに山が一ツ浮いていましょう。淡島です。あの島々と、上の鷲頭山に包まれて、この海岸は、これから先、小海、重寺、口野などとなりますと、御覧の通り不・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・雪の下へ行くには、来て、自分と摺れ違って後方へ通り抜けねばならないのに、と怪みながら見ると、ぼやけた色で、夜の色よりも少し白く見えた、車も、人も、山道の半あたりでツイ目のさきにあるような、大きな、鮮な形で、ありのまま衝と消えた。 今は最・・・ 泉鏡花 「星あかり」
・・・尿板の後方へは水がついてるから、牛は一頭も残らず起ってる。そうしてその後足には皆一寸ばかりずつ水がついてる。豪雨は牛舎の屋根に鳴音烈しく、ちょっとした会話が聞取れない。いよいよ平和の希望は絶えそうになった。 人が、自殺した人の苦痛を想像・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・仲間どもはどうなったか思て、後方を見ると、光弾の光にずらりと黒う見えるんは石か株か、死体か生きとるんか、見分けがつかなんだ。また敵の砲塁までまだどれほどあるかて、音響測量をやって見たら、たッた二百五十メートルほかなかった。大小の敵弾は矢ッ張・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・ 彼は、せっかく、箱に近づいたかかとを、後方に引き返しました。ふり向くと、夕闇の中に、老人の姿は消えて、黒い箱だけが、いつまでも砂の上にじっとしていました。 夜中に、目をさますと、すさまじいあらしでした。海は、ゴウゴウと鳴っていまし・・・ 小川未明 「希望」
・・・この町の小供等は、二人の西洋人の後方についてぞろぞろと歩いていた。斯様に、子供等がうるさくついたら、西洋人も散歩にならぬだろうと思われた。山国の渋温泉には、西洋人はよく来るであろう。けれど其れは盛夏の頃である。こう、日々にさびれて、涼しくな・・・ 小川未明 「渋温泉の秋」
・・・と、お母さんがいったよ。」 二人は、早くその日のくるのが楽しみだったのです。 正吉くんは、いまも、そのことを考えていると、ふいに、「君、なにかさがしているの?」と、後方で、声がしました。おどろいて振り向くと、知らない子が立ってい・・・ 小川未明 「少年と秋の日」
・・・と、三人の後方から小声にいったものがありました。三人はびっくりして後ろの方を振り向くと、空色の着物をきた子供が、どこからかついてきました。みなはその子供をまったく知らなかったのです。「このじいさんは、人さらいかもしれない。」と、その子供・・・ 小川未明 「空色の着物をきた子供」
・・・ 第四角まで後方の馬ごみに包まれて、黒地に白い銭形紋散らしの騎手の服も見えず、その馬に投票していた少数の者もほとんど諦めかけていたような馬が、最後の直線コースにかかると急に馬ごみの中から抜け出してぐいぐい伸びて行く。鞭は持たず、伏せをし・・・ 織田作之助 「競馬」
出典:青空文庫